石坂洋次郎著 『若い人』 

                   
2005-10-25

(作品は、中央公論社 日本の文学58 石坂洋次郎『若い人』による。)

          
 

 『若い人』は、県立横手中(横手高校)の国語教師をしながら書き続け、昭和8年から12年までの間、「三田文学」に断続的に連載された。
 
 石坂洋次郎は青森県弘前に生まれ、岩手県横手で13年間にわたり教員生活を送っている。「若い人」の舞台は北海道のとあるミッション系の女学校となっているが、函館あたりのイメージが感じられる。日本の文学の付録で石坂洋次郎と山本健吉の対談が掲載されているが、作品を書く場合、石坂洋次郎も架空の話がベースでなく、ある程度本当にあったこととか、自分が目をつぶっていても、手さぐりでももののありかがわかるという状態でないと、ものが書けないという。


物語の大筋:

 主人公の新任教師間崎慎太郎と、彼と同期で赴任した女子大出の若い女教師橋本先生、五年B組の私生児で分裂人格を有し、その行動や言動が危なげで、時にはらはらさせられる美少女江波恵子との三角関係が、色々展開している。

読後感:

 作品の中に出てくる場面は、視学官による授業視察の授業で、乃木大将の殉死についてのやり取りも面白く、さらに修学旅行での女子高生達の立ち居振る舞い、寄宿舎内での盗難事件、江波恵子の妊娠事件など、現在の小説としてもちっとも違和感のない、興味深い内容である。ただ、間崎先生と橋本先生との間で会話される思想というか、言質の議論にはいささか閉口する。
昔は、若い年で、こんなに議論好きで、理屈っぽい人達がいたのかなあ。。。

 石坂洋次郎の生きた時代は、大正14年慶応大学卒業で「近代」から「現代」に転換する大きな節目の時代、プロレタリア文学と新興芸術派が対立していた時代で、そのとき石坂洋次郎は中央から離れて田舎にいた。これが幸いしたという。


気に入った表現:

 5年生の修学旅行は毎年10月半ばごろに実施される。八日間の日程で、見学場所としては、東京、名古屋、大阪の大都市をはじめ、鎌倉、京都、奈良、伊勢などの史跡地は例年動かぬところで、ほかにその年々のスケジュールで、日光、松島、横浜、横須賀あるいは遠く神戸あたりまで出かけることもある。

 修学旅行の報告が、生徒達の記録班が記したものとしてしるされているが、名所旧跡をめぐって、(著者が記したとはいえ)こんな風にユーモアの溢れるウィットに富んだのがかけるかしら?と感心。
例えば、坂本着、比叡山に登った個所はかくの通り。

やがて坂本着。 ここからケーブルカーで比叡山に登りました。 ゾッとするような急斜面を、一本の鉄索をたよりに、岩に匍(は)い上がる甲虫のようにゆるゆる登っていくケーブルカーでは、どなたも身を裏返しにされたようなあられもない心地でした。一行中のただ一人の輝ける男性でいらっしゃる間崎先生は、タバコをくゆらしながら悠然と四方の景色を俯瞰(ふかん)している間に帽子を谷底に落とされてしまいました。 「惜しいことをした。帽子が残って僕が墜落するんだった」とイサマシイご感想を洩らされたとか―――。

・ その他追浜、横須賀、比叡山、京都市内、大阪、奈良、鳥羽とそこでの記録班の報告は非常に楽しいものであった。


   


余談1:
 何故石坂洋次郎を取り上げたかが思い出せない。藤沢周平、長塚節、池波正太郎の作品の関係で、近々読もうと思ったのである。出身地のせいか、時代の関係か?


                               

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