石牟礼道子著 『天湖 』
 



              
2009-07-25




    (作品は、石牟礼道子著 『 天湖 』 毎日新聞社 による。)

          
  

初出
「週間金曜日」1994年9月〜1996年11月号
1997年11月刊行



石牟礼道子:
 熊本県出身、水俣実務学校卒業後、代用教員、主婦を経て詩歌を中心に文学活動を開始。
代表作に『苦海浄土 わが水俣病』がある。

主な登場人物:

柾彦(まさひこ)
祖父 柾人(まさと)

東京住まい、祖父の遺言で若い頃天底村に住み、今はダムの底に沈む湖に骨灰を撒くよう頼まれ、天低村の桑の木で作られた琵琶を持って訪れる。

◇天底村の住人たち
 おひなばあさん お蚕さま屋敷の祖父柾人を知る。
 お桃 おひなばあさんの娘。さゆりの後を継ぐと。
 お愛ばあさん 赤児の頃人間の子ではないとの噂。助産婦、さゆりを育てる。
 さゆり 盲目の巫女。しだれ桜の下で母親は産み落とし亡くなる。お愛ばあさんが取り上げ育てる。雨乞いの踊りで村を救い、大怪我の克平を救う。しかし、湖に身投げをして死ぬ。
 山科克平 少年の頃大水の時、父親が月影橋から子供を救おうと流されるのを側の木の上から見ていた。またダム工事の堰堤から落ち、鉄柱に串刺しになったが、さゆりの祈りの舞に助けられる人生を味わっている。柾彦より若干年上。
 住職の老/若夫婦 麓の光林寺の老住職夫婦と若夫婦。やりとりが愉快。

小説の概要:

 祖父の遺言でダムで湖底に沈んだ天底村に骨灰を撒いて欲しいと頼まれ、やってきてそこでおひなばあさんに出会う。そしてそこで出会った人々から数奇な話や体験から東京では忘れ去られた人間の本質のようなものを体感する。

読後感:

 本の紹介の中に 癒しの物語、詩情に満ちた傑作 という文につられて選んだ作品。 方言を使うおばあさんの言葉は多少難しい箇所もあるが、この感じは以前にも読んで感じた物のようだ。 そうあの南木圭士の「阿弥陀堂便り」の雰囲気である。 それも丁度同じ頃に高村薫の「晴子情歌」、「新リア王」、乃南アサの「風紋」を一方で読んでいて、難解なのと気持ちがすさんでいてざわざわした気持ちであったので、この作品は本当に癒しの気持ちにさせてくれる格好の作品であった。

 場所は南九州の山村、ダムに沈んだ村にまつわる話は幽玄の世界か、はたまた現実の中のはなしか。 素朴な村での盲目の巫女が身投げしての葬儀の模様は、遠い昔の本当のあるべき姿のようで、こんな風に執り行われるお葬式ならさぞかし満足なことだろう。 また湖底に沈む村の人たちの伝説のようないわく付きの場所や、いかにも田舎を感じさせる樹木の名前が色々と出てくるが、その樹がもつ雰囲気が以前にマスターした樹木のことを知ったことで心に染みいった。

 他にもダム工事が始まる中、「天底の命」といわれるしだれ桜が電気鋸で伐りとられるシーン、克平が堰堤から転げ落ち、鉄筋に串刺しされたときの様子など随所で胸に迫る場面も心にしみる。
 初めて訪れた祖父の故郷で、村人達に懐かしがられ、祖父や祖母達の当時の行為が感謝され、居心地のよい思い出となった柾彦の人柄も大層好ましく気持ちのよい作品であった。



  

余談:
 作品によって読者の気持ちも癒されたりと読書の効果も相当なものだ。
 
  背景画はダム湖として秋田の宝仙湖のイメージを利用。