物語の概要:
聖武天皇天平4年、朝廷で第9次の遣唐使発遣が議せられる。聖徳太子によって律令国家として第一歩を踏み出してまだ90年、仏教が伝来してから180年である。政治も文化も強く大陸の影響を受けてはいたが、何もかもまだ混沌として固まってはいず、やっと外枠が出来ただけの状態で、先進国唐から吸収しなければならないものは多かった。
遣唐使の派遣の目的は主として、宗教的、文化的なものであった。
留学僧として若い4人の僧(普照、栄叡(ようえい)、戒融、玄朗)に対し、日本に戒律を施行すること及び伝戒の師を招くことが使命とされていた。
当時渡海することは、いつ死ぬかもわからない大変なことであった。唐には日本人として阿部仲麻呂が、唐朝の官吏として高位を得ていた。若い留学僧の生きざまが淡々と綴られている。
読後感:
この小説を読んでいる時、丁度訪日中の中国の温家宝首相が国会で演説し、鑒真(鑑真)と阿部仲麻呂が中国と日本の架け橋となった歴史のことを引用したという。「天平の甍」の重要な中心人物に鑒真和上があり、阿部仲麻呂はこれまた鑒真が日本に渡日するために重要な役割を果たしたことを知ったところであった。
読み終わった後、解説の水上勉の言葉からは、「中国で、これほど、鑒真の事績が見直されるきっかけは、井上さんの「天平の甍」があってこそのことといわれる。」とあり、改めてこの作品を読んで良かったと思った。
当初何気なく読み進んでいたが、次第に唐土に渡った四人そして二十年近く唐にいる業行の日本僧が、それぞれの生き方、考え方に変化が生じて、苛立ち、日本に帰ることに対して、熱望したり、諦めたりする様子は、実に古い話なのに、今現実の世界の出来事のように感じられ、共感したり、同情したりと読み入ってしまっていた。
さらに、解説にはこの作品は第一級作品で、日本の歴史小説の高峰である。歴史への叙事詩的な壮挙とはかくなるものか、と酩酊した日をわすれがたいと記されている。そして、気の遠くなるような大昔の話を、これほど現実性を持たせて語る作者の再現力に感動。
どっかと歴史そのものをわし掴みにし、かみくだき、必要でないものは捨て、これだけで足りるものだけを、絹糸のように吐いて、つむぎ、織り込んだ緞帳(どんちょう)絵巻と評されている。
|