井上靖著  『孔子』
 

                   
2007-2-25

(作品は、井上靖著 『孔子』 新潮社による。)

     

初出 「新潮」昭和62年6月号〜平成元年五月号
刊行 平成元年9月
井上靖執筆時80才、最晩年の作品。


物語の概要

 主人公は孔子の架空の愛弟子が、孔子の死から33年後、若い孔子の研究者に向かって語るスタイルの物語。(孔子研究の成果がやがて「論語」として出版されることになる。)
 時代は春秋時代(前770〜403)、周王朝の後、国が乱れに乱れていた頃、孔子の生まれたのが前551年、魯の国に生まれ、中原地帯を14年間に渡り遊説・放浪の旅を続け、再び魯の国に戻り、70才で没す。孔子という人は、中原きっての大学者、大教育家であって、混乱に混乱を重ねているこの現世の紊れを、人間観、人生観の改革によって救おうとした。
 孔子と共に第一期の高弟三人(顔回、子路、子貢)を伴っての、遊説・放浪の時に、世話人として雇われ従った主人公が、仲間のように扱われ、そこで聞く子や高弟の言葉ややりとりが中心になる。

読後感:

 1989年(平成元年)、この作品が発表されると、日本にセンセーションが巻き起こり、半年足らずの間に60万冊以上が出版され、その年の日本の年間ベストセラーになったという。

 時代の風潮だったのか、どうして?というのが率直な感想。孔子という人物を知りたい、「論語」に関心が高くないと、なかなか読み切れないと思うのだが。
自分としては、井上靖の作品をこれまで「猟銃」「闘牛」「あすなろ物語」「しろばんば」「夏草冬濤」「北の海」と読んできて、好きな作家の仲間入りになったので、晩年の作である「孔子」を読んでみたいと思っただけ。「論語」などで有名な孔子がどういう人物かを知りたいと思ったが、ちょっと物語のスタイルにも戸惑ったし、くどいところもあり、真面目に読み切ったと言うところ。

 孔子の言葉が発せられたその時の場面が、どういう状態であったかを再現して、初めて言葉の意味が理解出来るものだと知らされた。そのために著者が何度となく中国を訪れ、資料を調べられたことか。



印象に残る孔子の言葉:

◇―逝くものは斯くの如きか、昼夜を舎(お)かず  

 川の流れも、人間の流れも同じである。時々刻々、流れている。流れ、流れている。長い流れの途中にはいろいろなことがある。併し、結局のところは流れ流れて行って、大海へ注ぐではないか。

 人間の流れも、また同じであろう。親の代、子の代、孫の代と、次々に移り変わってゆくところも、川の流れと同じである。戦乱の時代もあれば、自然の大災害に傷(いた)めつけられる時もある。併し、人類の流れも、水の流れと同じように、色々な支流を併せ集め、次第に大きく成長し、やはり大海を目指して流れて行くに違いない。

(補足)昼夜を舎(お)かず:昼も夜もとどまることはない  

  

余談:
参考にこの本から孔子の生い立ちを纏めておこう:

(孔子が生まれたのは、紀元前551年。)
・50才前後の頃、孔子は自分の国、魯に於ける状態。
 51才の時、教育家としての声望、漸く高まろうとしており、門人も、この時期急速に増えているようである。この年、子は初めて仕官して、魯の中都の宰(とりしまり)なる役名を帯びる。
 52才の時、中都の宰から、“司空”なる土木工事省の長官へと昇進。
 同じこの年、魯、斉両国の平和会議にて、子は定公の補佐として出席、大国斉の国力に押されることなく、議題を魯国に有利に導き、失地を回復。子の会議に於ける堂々たる外交の手腕は子の名を一挙に中原一帯に高からしめることになる。

 この後、大司降に推され、魯国に於ける裁判と警察の権限を己が手中に収める。
 この時期魯の定公時代の魯国の政情は、王家一族の三桓氏の勢力が強く、ために肝心の母体である魯国そのものの衰えが目立ってきていた。
 子はこのような三桓氏による寡頭制支配を否定、魯国本来の王室による政治の復活を意図し、その実現ため幾つかの強攻策を展開した。
 しかし、結局は旧勢力の巻返しのため全ては失敗に帰した。孔子55才の時、魯を半ば追われるようにして出、衛を目指し、13、4年にわたる中原遊説、放浪の旅の後、再び魯都に戻る。

 子の一行が吾と楚の2大強国の間にある陳都に3年滞留していた時、吾と楚の合戦に陳都がまきこまれ、楚の国の負函に向かった。孔子の目指す人物として中原の覇者、楚の昭王との謁見を望みとしていた。しかし、負函で見たのは、吾と楚の対戦中に起きた昭王の病死による棺の行列であった。
 −丘が昭王に謁するを得ざるは、これ命ならんか。−
 その後、生誕の地魯都に戻る。孔子68才。73才で死ぬまで、弟子の育成に励む。

背景画は本書の内表紙を利用。

                    

                          

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