池波正太郎著 『錯乱』、『獅子』







              
2008-06-25



(作品は、池波正太郎著 『錯乱・賊将』 東京文芸社 および
     完本池波正太郎大成 15(『獅子』) 講談社 による。


                
 

「錯乱」 はオール読物 昭和35年4月号掲載。 直木賞受賞作品。
 本書は昭和58年(1983年)5月刊行。

「獅子」 は中央公論 昭和47年(1972)10月号から昭和48年5月号に連載。
 本書完本池波正太郎大成第15巻は2000年1月刊行。

 

 
 両作品は発表された時期は異なるが、ともに同じテーマ、真田信幸(信之)が信州・松代藩10万石に国替えさせられて後、90云歳にしてようやく隠居してまもなく、跡目相続の問題で幕府老中筆頭の酒井雅楽頭忠清のすさまじい統治政策に立ち向かう姿を描いたものである。

主な登場人物: 両作品に共通する人物が多いのでまとめている。

真田(信之)信幸
隠居後「一当斎」と号する。
幕府より隠居をなかなか認められず。隠居してまもなく、93歳になりこの年になって真田家の一大騒動に巻き込まれることに。
真田内記信政 60歳の時、信幸より真田本家松代藩10万石の家督を継ぐ。(それまでは分家の沼田領で重臣に支えられ、凡庸な藩主をつとめる)中風で卒倒、家督を愛児右衛門佐(庶子2歳)に譲ることを遺言して他界。
真田伊賀守信利
(のぶとし)
叔父信政が松代藩に転封したため分家の沼田領主におさまるが、信政の死去により、幕府老中酒井雅楽頭忠清をたより、本家を相続しようと狙う虚飾享楽への欲望熾烈な暴君型の男。酒井忠清にとって義理の従弟にあたる。
師岡治助 信幸の寵臣。堀平五郎と棋道や酒の上にも仲がよく、屋敷も隣り合わせ。
堀平五郎 真田家の馬廻りで俸禄百石、信政に仕える。将棋を愛し、信幸の元にも良く呼ばれる好人物。将棋の盤や駒を手作りまでする。実は父親の主膳から受け継ぐ幕府の隠密。
吉田市兵衛 塗師、将棋の駒に塗る漆を平五郎に供給することで親しく屋敷に出入りするように。市兵衛も実は幕府の隠密だが・・・。
鈴木右近忠重 真田信之に長きにわたり側近く仕える友達のような関係。(「獅子」)
伊木彦六 一当斎信之の隠居所で身のまわりの世話係役。(「獅子」)


読後感:

 先に掲げた「真田太平記」の作品に対し、「錯乱」、「獅子」とも若い時代に書かれたものである。秀吉、家康の天下統一の時代に生き残りを賭けて生き残った真田家の真田信之が、信頼を勝ち取ってきた家康が没して後、幕府より信州・上田から信州・松代に国替えをさせられ、松代に向かうところで「真田太平記」は終わっている。その時の信之は57歳であった。この「錯乱」、「獅子」は信之(信幸)が93歳の、人生の最後におとずれたお家の大事であった。

 「錯乱」は堀平五郎を中心に据えて、その人物の心の動き、変化、悩みが伝わってくる感じで、生き生きとした躍動感が感じられ、荒削りなところがあるが非常に面白い。どんでん返しの展開もいい。ちなみに「錯乱」は直木賞を受賞している。
 一方、「獅子」は描き方は「真田太平記」に通じるもので、展開も判りやすく「真田太平記」を読んでいるので、以前の歴史的な流れ、事件、人物像も理解できていて、むしろ「真田太平記」のその後を読んでいるようで、愉しい。また、「錯乱」にはない、その後の顛末まで描かれている。

   


余談1:
 作家の若い頃の作品というのは、やはりきらりと光るものがあるのだなあと思われる。初期のもの、脂ののっているときのもの、そして晩年のしっとりと潤いのあるものなど通して読む楽しみをこれからも味わってみたい。
余談2:
「獅子」の謂われ・・・
 真田家から我が子に是非にと嫁を迎えている陸奥・岩城平7万石の城主・内藤帯刀が真田信之のことを評して「古今無類の大名。伊豆守殿(信之)の父・昌幸公は、信濃の黄斑(虎)などと呼ばれた勇将であったそうじゃが・・・いやいや、それどころではない。伊豆守殿は、老いたりといえども[信濃の獅子]であるとほめたたえてやまない。

 


                  背景画は長野松代城址による。



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