伊吹有喜著 『彼方の友へ』








              2019-04-25

(作品は、伊吹有喜著 『彼方の友へ』     実業之日本社による。)

          

 初出 「紡」           Vol.7   (2013年Spring)
                  Vol.7   (2013年Summer)
                  Vol.9   (2013年Autumn)
                  Vol.10  (2014年Winter)
                  Vol.11  (2014年Spring)
                  Vol.12  (2014年Summer)
    「月刊ジェイ・ノベル」   2014年 8 月号
                  2014年11月号
                  2015年 2 月号
                  2015年 9 月号
                  2015年11月号
                  2016年 1 月号
                  2016年 3 月号
                  2016年 4 月号

  本書 2017年(平成29年)11月刊行。

 伊吹有喜
(ゆき)(本書より)
 
 1969年三重県生まれ。中央大学法学部卒。出版社勤務を経て、2008年「風待ちのひと」(「夏の終わりのトラヴィアータ」改題)で第3回ポプラ社小説大賞・特別賞を受賞してデビュー。第二作「四十九日のレシピ」が大きな話題となり、テレビドラマ・映画化。「ミッドナイト・バス」画題27回山本周五郎賞候補、第151回直木三十五賞候補になる。このほかの作品に「なでし子物語」「Bar追分」「今はちょっと、ついてないだけ」「カンパニー」など。あたたかな眼差しと、映像がありありと浮かぶような描写力が多くのファンを持つ。
    

主な登場人物:

大和之興業社「乙女の友」関係者   

佐倉波津子
<ハツ>
母親 八重

父親は大陸で失踪中。母親は過労で倒れ、家で静養中。マダムの家で働かせてもらいながら高等小学校を出、音楽の稽古だけは続けていた。
「乙女の友」編集部に雑用係として入るもやること少なく、身の置き所がない。有賀主筆からは辞めるよう宣告され・・・。ここで働きたいと主張する・・・。

有賀憲一郎

大和之興業社「乙女の友」編集部の若き主筆。
波津子の書くユーモア学園小説を「乙女の友」の目玉に導く。
有賀が出征の時、ホームから離れての見送り時、長谷川純司と佐倉波津子は「有賀に見出された同志と」握手を交わす。

上里善啓
(かみさと・ぜんけい)

最年長の編集長。主筆は詩か小説を書く人がなるのが伝統。自分はその任にあらずと。有賀主筆を支える一人。

霧島美蘭(みらん)
<ペーンネーム>
本名 飯田カツ子
   旧姓 桐嶋
妹  桐嶋サヤ

「乙女の友」の執筆者。読者の憧れのお姉様。有賀の古くからの友であり相談役。有賀より年上。先々代の主筆のお嬢さん。
美蘭は翻訳より創作をしていきたいと有賀に言うも、路線が合わないと言われ、やがて去ることに。この人(有賀)の恋の対象に自分はもう入らない?と。
・サヤ 有賀と婚約を交わす予定だったが、若くして亡くなる。

佐藤史絵里 編集補佐。週3回通い日本女子大で勉強中。有賀の従姉妹。
ハネッかえり。佐倉波津子を応援する人のひとり。
浜田良光 ‘緑の人’。小説家、でも華がないと主筆になれない。
発言は辛辣。「書けるようになったら一人前」が口癖。
丘千鳥 生え抜きの「乙女の友」編集部の執筆者。
沢田隆(たかし) 4代目社長。
長谷川純司

絵描き先生。有賀に拾われたようなものと恩に感じている。
有賀と純司のコンビで売り上げが伸びる。佐倉波津子を応援する人のひとり。

荻野紘青(こうせい) 神田に住む天下の作家先生。なかなか少女向けの原稿は順番が回ってこない。
空井量太郎

科学小説家。佐倉波津子に小説を書くコツを具体的に話してくれ、波津子の小説を面白いと。そのことで波津子は有賀主筆から彼のところで書生になったほうがいいかもしれないとおしかりを受ける。
佐倉波津子を応援する人のひとり。有賀さんを信じて突っ走ってくださいと。

徳永治実(はるみ) 本業は彫刻家だが、絵も巧み。色男、危険。挿画を依頼している。
結城房江 両国に住む画家。長谷川純司出征の後、「乙女の友」の表紙絵を乙女主筆とのコンビでやる。
椎名三芳(みよし)

本郷の洋館に住むマダム。私塾「椎名音楽院」主宰者。
波津子は内弟子として家事の手伝いをしながら高等小学校に。

望月辰也 波津子の父の遠い親戚。二階に間借りをしている。仕事は鉱山技師。波津子は大和之興業社「乙女の友」編集部の仕事を紹介され、有賀主筆の行動を逐一記録するよう指示される。
春山慎 波津子の幼馴染み。印刷所勤務で波津子より2つ年上。少女雑誌「乙女の友」の口絵やカードの試し刷りをそっとくれる。
津田智樹(ともき)

戦後大和之興業社改めヤマト・パブリッシング社史編纂室の編集者。長谷川純司の身内と。両親を早くなくし、祖母に育てられた。祖母は実の父親は知らず。曾祖母は飯田カツ子(旧姓桐嶋美蘭)。
美蘭は祖母に実の父親について一切語らず。長谷川純司か、有賀憲一郎か徳永治実か。“悲しい人”の言葉が作中にあった。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 平成の老人施設でまどろむ佐倉波津子に手渡された小さな箱。「乙女の友・昭和13年 新年号附録 長谷川純司作」。そう印刷された可憐な箱は、70余年の歳月をかけて届けられたものだった。昭和初期から現在へ。雑誌の附録に秘められた想いとは。            

読後感:

 読んでいて勇気が湧いてくる小説、愛おしい本に出会った感じである。読むのが待ち遠しくて早く手にしたいと思ってしまう。

 昭和12年から戦争が終わる昭和20年にかけての未だ16歳の少女ともいえる波津子が大和之興業社の「乙女の友」編集部有賀主筆の雑用係として配属され、小学校しか出ていない自分が何をしていいのか、漢字もまともに書けない。そんな自分が場違いのところで居場所もない。有賀主筆の部屋にいても仕事がない状態から、主筆が辞めるように言われてしまう。そんな折、長谷川純司の言葉に励まされ母親を手助けするためにもここで働きたいと訴える。

 その後は波津子の本来備わっている素質を徐々に発揮、時代が検閲が厳しくなり、空井先生が検挙され四面に穴が空きそうに。有賀主筆の指導もあり、「フルーツポンチ大同盟」と題する小説を書いてみたものが代稿に推される。「少女たちの寂しさや喜びがあふれている新風だ。僕らには新しい風が必要なんだよ」と有賀主筆。

 昭和12年、昭和15年と雑用係から編集者見習いに昇格時代の話はやはり初々しさが眩しかったが、時代はいよいよ厳しくなり、雑誌にも作家や画家にも影響が及んでくる。
 出征話で有賀主筆も去ることに。編集部の人間も大幅に少なくなり、代わって乙女主筆に社長と上里編集長に指名された佐倉波津子は新しく結城房子の画家とのコンビで「乙女の友」を護りましょうと誓い合う。

 有賀憲一郎を慕う人々との関係もしっかりと描かれている。そして施設で暮らすハツの元に訪ねてきた長谷川純司の身内と名乗る津田智樹とのやりとりで純司や美蘭、有賀の様子がよみがえってくる。そしてハツにとって最愛の人の伝言を見て取りそれまでの想いが一気に昇華する。
 90歳を超えて意識がはっきりとはしないで施設の中で夢を見ているような、現実にいるような状態で昔を思い起こして紡がれる展開に、不思議と懐かしさと柔らかさと暖かさが入り交じったような感覚になり、いい気持ちで読んでしまった。
  

余談:

 物書きに憧れを抱いているせいか、編集者や作家を題材にした小説には特に関心がある。ましてや感情移入できるような内容ではなおさらである。
 伊吹有喜作品はこれまでも感動した作品が多く、本作品は戦前の内容かと思いきや、そういう古さを感じさせない胸躍る内容で感銘を受けた。登場人物のキャラがたまらない。
       

背景画は、花をテーマに。(自然いっぱいの素材集より)

           
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