誉田哲也 『背中の蜘蛛』



              2020-07-25


(作品は、誉田哲也著 『背中の蜘蛛』      双葉社による。)
                  
          

  本書 2019年(令和元年)10月刊行。

 誉田哲也:
(本書による)  

 1969年東京都生まれ。学習院大学卒業。2002年「妖の華」で第二回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞、03年「アクセス」で第四回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞。06年「ストロベリーナイト」を発表。警察小説の新潮流として大きな注目を集める。人物それぞれの精密な視点から物語を構築し、青春小説、サスペンスでもその力量が評価され、多くの読者を獲得している。

主な登場人物:

[第一部]裏切りの日
本宮夏生(なつお) 池袋署刑事課課長、警視、53〜54才。
小菅守靖(こすげ・もりやす) 本部捜査一課長、警視正。本宮より2つ若い。
兼松

捜査一課の管理官。
・浅沼係長。

上山章宏(あきひろ)

本宮の後輩、8つか9つ年下。刑事部からFBIに研修後今は公安部。サイバー攻撃対策センターの係長、警部。

浜木和昌(かずまさ)
妻 名都
(なつ)

川崎登戸在住の43才。被害者(西池袋の路上で刺されて死亡)
・名都 配膳サービス専門の人材派遣会社で事務担当。

清水杜夫(もりお) 名都の高校時代の交際相手、38才。プロの家庭教師。
[第二部]顔のない目
植木範和(のりかず) 本部組対五課、警部補35才。
佐古充之(みつゆき) 高井戸署刑組課、巡査部長29才。
泉田係長 本部組対五課薬物二係、警部。
森田一樹(かずき) 覚醒剤など多種類の違法薬物のプロの売人。
中島昌(あきら) 薬物所持で逮捕される、仲買人36才。
[第三部]蜘蛛の背中
本宮夏生(なつお) (池袋署刑事課課長から)捜査一課の管理官。
捜査本部

・植木
・佐古

上山章宏(あきひろ)

警視庁総務部情報管理課運用第三係の係長に。
運三は副総監直属の部署。二人の上司。
・野崎誠一 副総監、警視監。
・長谷川剛(つよし)管理官、警視。
運三の部下たち
・國見 統括主任。
・阿川喜久雄 巡査部長。 運三、SSBC分析捜査係併任。
(SSBCは警視庁刑事部の付属機関。)
・天野、松尾たち

マカベ
カワモト

・公安総務課の管理官。
・公安総務課の係長か統括主任。

小菅守靖 (先月刑事部捜査一課課長から)新宿署署長、警視正。
オサム<俺> 謎の男。涼太、幹子のために何かしてやりたい。

前原涼太
姉 幹子

安藤の小間使い、時に暴力を振るわれている。
姉と共にオサムとは親密。
・幹子 安藤の元でデリヘル、クラブ関係者の接待も。

安藤光雄

涼太、幹子の異母兄。無店舗型風俗店とクラブを経営。
二人の面倒を見た見返りで、従属させている。

富永明与

渋谷ビア・ラウンジでホールスタッフノアルバイト女性。
田辺理と出会う。

田辺理 元運三在籍の退職警察官。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 東京・池袋で男の刺殺体が発見された。警視庁池袋署刑事課長の本宮は、捜査一課長から「あること」に端を発した捜査を頼まれる。それから半年後、東京・新木場で爆殺傷事件が発生。再び「あること」により容疑者が浮かぶが…。前人未到のリアル警察小説。

読後感:

 第一部では小菅捜査一課長から、兼松管理官に内密に被害者の妻、浜木名都の調査を頼まれた本宮(池袋署刑事課課長)が、結果を捜査一課長に断らずに兼松管理官に報告をしたことで、何故か裏切りをしたのかと気になる。

 第二部では薬物がらみで売人の森田一樹の取引の瞬間を狙った捜査中、森田が爆死する事態に巻き込まれ、負傷した植木警部補。その犯人が中島晃と、短期日に任同、逮捕されたことに疑念を持ち、その逮捕に関わった相方の佐古に問いただした直後、捜査一課本宮課長に声をかけられる。

 第一部、第二部とでは、何となく吹っ切れない状態で進んでいく展開に、本の題名の「背中の蜘蛛」が短編小説なのか、それとも連作小説なのかと思ってしまう。
 さらに第三部の表題が「蜘蛛の背中」と本の題名と異なることに疑問を感じつつも、それらの疑問が第三部でいよいよ収束していく。

 時代は若干の人事異動があり、池袋署の本宮刑事課長が、本部の捜査一課の管理官になって第二部の事案の捜査本部を担当することに。そこで第一部で疑念を抱いていたことが第二部でも起きていることに気づき、密かに植木、佐古を使って捜査を続ける。

 第一部で捜査一課長であった小菅警視正は新宿署の署長となっていた。
 作品の途中で何となく関係のなさそうな人物、オサムと涼太、幹子たちの登場があり、そこに引き込まれるように、オサムが事件の背景にいる様子が浮かび上がってくる。

 第一部の事件解決のキッカケ及び、第二部の犯人割り出しの背景にあるものが、実はそれが世の中におおやけになったら国民を裏切っていたことになる。時代の移り変わりの速さ(技術の進歩)と国民の意識がついていく速さがついて行っていないことが問題に。

 本宮と、本宮の後輩である上山との立場の違い、そして上山の意に沿わない苦しみのぶつかり合いがラスト近くで炸裂する場面は、圧巻である。
 そして本宮の新しい部下たちとなる植木や佐古との交流が、緊張感を和らげる働きを醸し出している。

 話は飛ぶが、作品の中で上山の家庭の妻や息子、娘達とのやり取り、本山の娘との間のやり取りの様子は、それまでの長文に対し、短いやり取りでの軽快さや暖かみが感じられ、著者の作品の多彩さを感じられた思いであった。
 そして犯人の動機を語るシーンは、犯人が表面的な動機を語るに到り、本宮のちょっとした問いかけに思わず涙する所を見られ、上山が感じて潜まれていた動機を明らかに出来たが、これからどうしたらよいかは警察官としての、正義感と高潔さで生きていくしか国民の信頼は得られないという結論に到る。
 久方ぶりに誉田作品の醍醐味を味わった思いである。

 [補足]ちなみに表題に出てくる蜘蛛とは、「スパイダー」というネット上を回遊して情報を手当たり次第に収拾する装置のことを呼称している。


余談:

 丁度図書館の借り受けのタイミングで堂場瞬一の「ラストライン」というベテラン刑事(岩倉)と新人の女刑事(彩香)のコンビで殺人事件の特捜での活動が展開する話だが、堂場瞬一なる作家は実に多作の作家の印象で、今回の誉田作品との違いを痛切に感じた。
 何故多作か、それは作品にもよるが、内容が極日常的な展開のため、状況を変え、登場人物を変えることでどんどん生み出せる能力があるためか。
 一方で、誉田作品は着実な資料分析、取材、警察内部を知り尽くしたところから実にリアルな表現が読者を唸らせるところかな。
 自分の大好きな高村薫作品を思わせるものを感じる。

背景画は、自然いっぱいの素材集がErrorとなって消失してしまったので、背景素材無料のものからに。

           
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