姫野カオルコ著 『昭和の犬』
 



 

              2016-04-25



(作品は、姫野カオルコ著 『昭和の犬』   幻冬舎による。)

           
 

 初出  「オール読物」
     パピルス36号「あのころ、トンナンシャアペー」
     パピルス37号「ワシントン広場の子供の時計」
     パピルス38号「町で一番の美女(血統書付)」
     パピルス39号「九官鳥と鼠」
     パピルス40号「赤いソーセージ」
     パピルス41号「ありがとう」
     パピルス42号「私のようにチャラチャラした名前の犬」
     パピルス43号「犬のライセンス」
     パピルス44号「男子高校生と逆ナンする話」
      以上の連載をもとに再構成し書きなおしたもの。
 本書 2013年(平成25年)9月刊行。第150回直木賞受賞作品。

 姫野カオルコ:(本書より)

 1958年滋賀県出身。独特の筆致と幅広い作風で現代文学界で特異な位置に立つ。読者層は男女同数。97年「受難」(文春文庫)が第117回直木賞候補、04年「ツ、イ、ラ、ク」(角川文庫)が第130回直木賞候補、06年「ハルカ・エイティ」(文春文庫)が第134回直木賞候補、10年「リアル・シンデレラ」(光文社文庫)が第143回直木賞候補になったほか、「終業式」(角川文庫)、「整形美女」(新潮文庫)など著書多数。

主な登場人物:


柏木イク
父親 鼎
(かなえ)
母親 優子

嬰児の頃より何軒もの「よその人の家」に預けられていた。
家長の命令は絶対。
・鼎 外国語学校勤務(職業訓練所に近い)。旧日本陸軍の武官。シベリア帰り。顔は広域暴力団の中位の幹部のよう。 
・優子 視覚聴覚及び知的障害を持つ子の為の寄宿制の養護学校に勤務。
鼎との結婚に絶望している。仕事への矜持だけが支えだった。

<第一話> ララミー牧場
イク

5歳、声を出すという行動、意思を声に出す行動がてぎわよく出来ない。
新しい家(ララミー牧場のよう)に引っ越し。

動物

ぺー 白い犬。賢い犬だったが、いなくなる。
トン 黒い犬。迷い犬で新しい家に居座る。
シャア イクが慕っていた三毛猫。

<第二話> 逃亡者(東京オリンピック、新幹線開業の時代の物語)
イク

6歳、新しい家にシャアはいなかった。前の家に探しに行くも見つからず。6歳の速やかな順応は、そこを「今の家」にしていた。

<第三話> 宇宙家族ロビンソン(TVが家庭に入ってきた時代の物語)
イク 小学2年生。

久村達司
妻 雪乃

綿糸会社に勤務。イクがトンに噛まれたのを見て雪乃は大河内医院に連れて行く。イクは若く綺麗な雪乃に連れられるところを同じ組の子に見られたかった。トンの代わりにポチを世話。

新しい犬の名を“ペー”に。那智黒飴のような目。家人以外にはなつかない、幼児や他の人に触られても吠えない犬。
・トン 近くに住む小三男児を噛み、保健所へ連れて行かれ姿消す。

<第四話> インベーダー(水曜の夜9時放映されていた時代)
イク 年を越せば小学6年生。ぺーは成犬に。子犬生まれ“マントウ”と名付ける。

大河内医院
母親 燈子
(テーコ)
姉 慶子
(ケーコ)
妹 翔子
(ショーコ)

大河内家の犬はコリー(名前は”ジェリー”)初めて犬を飼う。
・ケーコはイクより1学年上。
・ショーコはイクより1学年下。
・大人の看護婦さん。 

<第五話> 鬼警部アイアンサイド
イク 県立香良高校2年生。美術部。家にいるのがおっくうで学校にいる方がリラックス。父親の勇壮を見ることに。

「有馬殿」のおやじ

軽食屋の店主。「かみなりおやじ」の不適切なあだ名にイクはいやだ。
・娘は分限者(金持ち)、嫁いでいる。飼っている犬はドーベルマン。

<第六話> バイオニック・ジェミー
イク 東京の大学に進学、家から脱出できる。布川宅に「貸間」生活。

布川悠司
妻 珠子

東大卒の歯医者。ぶち犬を飼っている。
珠子は大学では美人で「ミス・ゴーゴー」(ディスコ喫茶をゴーゴー喫茶と言っていた)。
娘の令娘は幼稚園児、5歳。

<第七話> ペチコート作戦
イク 大学を卒業して(株)ベレに就職。初音邸の3階に貸間住まい。恋愛とは無縁。

初音清香(62歳)
娘と息子

お嬢ちゃまがそのままおばちゃまになったような婦人。犬を飼うのは初めて、小型犬“ベルク”を飼う。イクは「このひと(清香)がお母さんだったら」と思う。
姉は精神科専門の病院に入院、長男は睡眠障害と鬱病で入退院を繰り返す。

前住人 イクの貸間の前の住人。気が滅入ったから出たとイクに。他人だからかイクは家庭のこと、自分が進んだ道についてもはからずもしゃべってしまう。
<第八話> ブラザーズ&シスターズ
イク 平成19年、イクは49歳。父親は他界、母親も特別養護老人ホームへ。20余年の苦労で体調を崩す。
姫野 母親(優子)に当たる馬車のおじさんのサンナン。写真屋に勤務、昔の写真を持ってきてイクと懐かしむ。
お爺さんと雑種の犬 耳の遠いお爺さんと犬の“マロン” との出会い。心待ちをし、余り人になつかないマロンとの交流でいつしかイクの過剰発汗は治り会社に復帰。

物語の概要: (本書の裏表紙に記載の文章より抜粋。)

柏木イク、昭和33年生まれ。いつも傍らに、犬…。犬から透けて見える飼い主の事情。「リアル・シンデレラ」以来となる、待望の長編小説。パピルスでの連載をもとに再構成し書き直した。

読後感
  

 柏木イクが幼稚園児から50歳迄のその時々の出来事があった時代、住処を点々と移りながら関わり合う人々との間で交じわすやりとりを通して時代とイクの家庭環境のこと、犬の飼い主の事情を織り交ぜ物語が展開する。表題はその時代にはやったTV番組シリーズの題名が取り上げられている?。

 話は飼い主にまつわる犬の話や飼い主の事情とばらばらで色んな話が展開するので、読後感も書きづらい。と思っていたが<ペチコート作戦><ブラザーズ&シスターズ>辺りを読み出すとそれはイクの人生そのものを感じさせるもので、自分の恵まれなかった家族の内側に対し、端から見る様子はなんと無情に見えるものなのか。まったく思ってもいない様にみられていることが切なく感じてしまう。
 
 中で母優子の遠い親戚に当たる馬車のおじさんの息子の姫野とのやりとりは泣けてきそうになるほど胸に響いてきた。何でもなさそうな会話なのにそれまでのことが一瞬によみがえってきてしまった。
 27歳から50歳になろうとする20余年のイクの苦悩は犬との交わりや父母との間の物語でそんなに苦悩に満ちた印象を受けなかったが、姫野とのやりとり、そして初音宅の借間での前住人とのやりとりが引き金となってあふれ出してきたようだ。

 <ブラザーズ&シスターズ>では母親が胃瘻手術をし、食べる楽しさもなく目が覚めて昔の飼い犬の”ペー”の名をつぶやく、風呂屋でのペーとの逸話、父親とペーの子の”マントウ”との逸話やら、耳の遠い爺さんと雑種の犬”マロン”とイクの交流風景を経て、イクが自分の人生を幸せだったと感謝の気持ちを表す場面では昭和の時代の懐かしさを思い出させてくれた。
 

  

余談:

 姫野カオルコという作家の作品が幾度となく直木賞候補に推されている。第150回直木賞受賞となりやはりその時の評価を知りたいと思い抜粋する。
・読後おそらくすべての人が感ずるにちがいない、青空を見上げるような清潔感は、作者の品性そのものであろうと思う。かくも独自の手法を貫いて、なおかつこうした普遍の感動を喚起せしめることは奇跡と言ってもよい。(浅田次郎)

・この作者らしい世界との距離の取り方が、「パースペクティブに語る」という一つの技法に結実し、一つの小説世界に結実した。不幸も悲しみも滑稽も不条理もそこでは中和され、穏やかな光が差す。(高村薫)
・この作品の魅力を言葉で表現するのは、とても難しい。特に何かを訴えているわけではない。生きていくということ、あるいは生きてきたということを、力を抜き、感傷的にならずに、淡々と描いている。それだけで読者に快感を与えてしまうのだから大したものだ。(東野圭吾)

・この小説は犬を媒体とした戦後史であり、人間賛歌でもある。過去の幸福は、現在の不幸を凌駕していくという力強い宣言でもあるのだ。(林真理子)
・犬を通して昭和の家族や地域社会を描きあげるもので、セピア色の下に豊かな彩りが満ちていると思った。戦争の影を引き摺る昭和という時代も、ある光があり、悪くなかったのだと、しみじみ思える出来になっていたと思う。(北方謙三)

・昭和という時代の「翳り」がうまく描かれている。イクの周囲に対する距離感と、それを語る作者の立ち位置が絶妙で、一編の映画を見ているような気がした。本作は、『恋歌』と並び、最初から頭ひとつ抜きん出ていた。(桐野夏生) 

背景画は、清流をテーマに。(自然いっぱいの素材集より)

                    

                          

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