東山彰良著  『 流 』





 

                  2015-08-25





 (作品は、東山彰良著 『 流 』  講談社による。)

         
  
本書 2015年(平成27年)5月刊行。書き下ろし作品。
       第153回直木賞受賞。(2015-07-16発表)

東山彰良:(本書より)
 

 1968年台湾生まれ。5歳まで台湾で過ごした後、9歳の時に日本に移る。福岡県在住。2002年、「タード・オン・ザ・ラン」で第1回「このミステリーがすごい」大賞銀賞・読者賞を受賞。2003年、同作を改題した「逃亡作法TURD ON THE RUN」で作家デビュー。2009年「路傍」で第11回大藪春彦賞を受賞。2013年に刊行し「ブラックライダー」が「このミステリーがすごい!2014」第3位、「AXNミステリー 闘うベストテン2013」第1位、第67回日本推理作家協会賞候補となる。近著に「ラブコメの法則」「キッド・ザ・ラビット ナイト・オブ・ザ・ホッピング・デッド」がある。

登場人物:

葉秋生
(わたし)

(イエ チョウシェン)大陸から台湾に移ってきた外省人の多く住む広州街に生まれる。台湾人を見下している者が多かった。祖父の尊麟にかわいがられ、大学受験に励む。


・明輝(長男) 高校の教師。15歳の時中国を離れる。リベラルな人間。
・蔡玉芳 湘南省の生まれ、10歳の時の虎との対決話がある。

祖父
祖母

・尊麟 蒋介石が亡くなった次の年に殺される。抗日戦争、大陸での国民党が共産党に破れたなど苦難をしのぎ、台湾に逃れてくる。
・林麗蓮 (二番目の妻)

叔父・叔母たち

・明泉 借金まみれの怠け者。
・小梅 大学出の編集者。
・宇文(養子)大陸で母親と妹が殺されるときの、自分のふがいなさに苦しんでいる。父の方が3つ年上。祖父、宇文を戦から助ける。宇文の父親は許二虎(祖父の隊長だった)。

大陸時代からの兄弟分

・李じいさん
・郭じいさん

謝家

・胖子(バンズ) 毛毛の叔父。
・毛毛(モウモウ) 秋生の恋人、秋生より2つ年上。看護婦。

趙戦雄
(通称 小戦)

(シャオジャンション) 秋生の幼なじみの悪友。高鷹翔の仲間に入り、逆に追われることに。
高鷹翔

(ガオインシャン) 街を取り仕切る小戦の兄貴分、ヤクザ。明泉叔父の同級生で、明泉叔父と胖子ふたりをさんざんいじめる。

許二虎 国民党の遊撃隊長。祖父(尊麟)と共に王克強一家を殺害。
王克強 日本軍の間諜。同胞を裏切り、家族ごと殺害される。
馬じいさん 祖父(葉尊麟)の兄弟分で葉家の恩人。大陸の山東省に住む。
夏美玲 辰巳産業の通訳の娘。秋生とは彼が日本に出張時出会い、その後結婚。

物語の概要(図書館の紹介記事より)

 1975年、偉大なる総統の死の直後、愛すべき祖父は何者かに殺された。17歳。無軌道に生きるわたしには、まだその意味はわからなかった。大陸から台湾、そして日本へ。歴史に刻まれた、一家の流浪と決断の軌跡。

読後感

 読み出して戸惑ったのが人の名前の呼び方。中国語特有の呼び名になかなかついて行けない。さらに何の話なのかがぴんとこない。よくあること。途中で辞めようかと。しかし図書館にリクエストしての予約本、予約待ちもあったし、まだ予約者も多数あるし。やっぱりもう少し読み進もうと。そうしたらどうなったか??

 主人公の葉秋生は台湾人、祖父たちや父は大陸から台湾にからがら逃げてきた人間。祖父やその叔父、叔母たちは明かせないほどの苦難をしのいできている。その祖父が蒋介石が亡くなった次の年に何者かに殺害された。祖父がかわいがっていた秋生は何故殺されたのか気になっている。
 しかし秋生の暮らしぶりは小悪党さながら。意地悪なチンピラ小戦と友達。

 しかし軍校に籍を置き先輩たちの仕打ちに逃げ出しながらも、大学受験を目指す一方、毛毛という2つ年上の女の子との恋に狂いながらも、小戦が悪の権現高鷹翔に殺されるのを助けようと奮闘する。
 
 物語の中頃からは何故か物語に引き込まれていた。
 その中に通じるのは愛する祖父の兄弟たち(叔父、叔母)の存在、および兄弟分という感覚。その行動は昔の色濃い絆のようなものが感じられるのと、大陸と台湾の関係、台湾と日本の関係が背景に描写されていて、歴史の一端が垣間見られることでもあるからなのかも。

 ラストは秋生が大陸にひそかに馬じいさんを頼り、祖父殺しの真相を確かめに行き、祖父の素性とその後の生き様、宇文叔父との確執、兄弟分のつながりそして自分が犯した償いの気持ちがお互いのその後に現わされたことが物語を締める。
 
 現在の日本と中国、韓国とのわだかまりも、かくあるようにお互いの理解の上に成り立つように願いたいものである。
 毛毛のその後も気になるところだが。
 読み終わってみると、最初のとまどいも霧散してしまっていた。

余談1:

 毛沢東の共産党と蒋介石の国民党の対決、外省人と台湾現地人(本省人)との関係、抗日戦争、第二次大戦後の台湾と日本との関係などの話が物語の中にちりばめられていて、感慨深いものがある。そして家族及び祖父、祖母などと親子の対し方、結びつき、また兄弟分との結びつきなど現代の世の中の希薄さとの対照が感じられ、古き良き時代?を思い出してみたり・・。

余談2:

◎2015-07-22付き朝日新聞 (文化・文芸欄に東山彰良氏の寄稿より)
 いつか自分のルーツを探る物語を書いてみたいとずっと思っていた。・・・
 人間のアイデンティティというものは、大雑把に言って三つの層をなしている。一番下の土台にあるのは、言うまでもなく家族だ。この父親とこの母親の子供がわたしなのだといういう揺るぎない認識は、ほとんどすべての人の自己同一性の根幹をなしている。その上に地域に対するアイデンティティが築かれる。異郷で同郷の者に会ったときに親近感を持ってしまうのはそういうわけだ。さらにその上に仕事や生き方といった雑多なアイデンティティが積み上げられてゆく。
 
 台湾で生まれ、日本で育ったわたしは、国家や地域に対する執着が薄い。すなわち、第二の層がはなはだ曖昧なのだ。台湾にいても、日本にいても、そこはかとなく寄る辺のなさをついつい感じてしまう。どちらの社会にも溶けこめるのだけれど、けっして受け入れられはしないのだという漠たる不安をいつも抱えている。そんなわたしに残されている唯一揺るぎない場所が、そう、家族なのだ。

「流」を書いていてとても楽しかったのは、虚構だろうがなんだろうが、つねに自分の拠って立つ場所を意識していたからだと思う。ある意味では、この小説は主人公の葉秋生が自分の居場所を探し求める物語でもある。そしてその居場所とは、彼にとっても、わたしにとっても、愛する人々がいる場所なのだ。日本のことがほとんど出てこないこの本がかくも受け入れられたのは、もしかすると秋生やわたしが感じているようなことを、多くの方々にも感じ取っていただけたためなのかもしれない。

背景画は、本書の内表紙を利用。

                    

                          

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