灰谷健次郎著 『兎の眼』、 『海の図』
                          
 

                
2007-07-25







(作品は、灰谷健次郎の本第1巻『兎の眼』、第4巻、第5巻『海の図』理論社による。)

           「兎の目」
                 「海の図」

「兎の眼」 :
 初出1974年6月 理論社刊、第1巻1987年(昭和62年)3月初版
「海の図」(上)(下):
 第4巻1988年(昭和63年)11月初版、第5巻1988年(昭和63年)12月初版

灰谷健次郎:
 神戸に生まれる。17年間の小学校教師生活の後、アジア・沖縄を歩く。
 1974年「兎の眼」を発表、1976年山本有三記念第一回「路傍の石」文学賞を受賞。
 読むきっかけはNHK教育TVの、灰谷健次郎x柳美里“いのちを知る旅”で灰谷健次郎の世界をちょっと知ったことからである。

<兎の眼>
主な登場人物:

小谷芙美先生 姫松小学校1年4組の担任。大学を出、結婚してまもない、22歳、美人で泣き虫の若い先生。
足立先生 2年生の受持ち先生。先生の間では余り評判良くないが、生徒達には絶大な人気がある。髪は長く、背広ネクタイからはほど遠い服装、教員ヤクザ。
臼井鉄三 小谷先生のクラスの子。学校のすぐ裏の灰燼処理所に住み、ハエを飼っているハエ博士。教室ではほとんど口をきかないし、ときに粗暴な行為をするかわりもん。両親はいない、世の中で誰も可愛がってくれるものがいない。
バクじいさん 鉄三のおじいさん。若い時のつらい裏切りの罪を背負いながらも、やさしい眼を持つ老人。


物語の展開:
 姫松小学校1年4組のクラスには色々問題が起きる。それらのことに対し、小谷先生は紆余曲折しながらも、次第に自分も成長させ、子供達の心を開かせて、子供達に慕われる先生へと変わっていく。

読後感:
 足立先生のクラスの教え方に感動するも、他の先生方が真似をさせて貰いますとか、教えて頂きたいとか言うのに対し、小谷先生はとても勉強になりましたとはいうが、「でも先生の真似はしません。苦しんでも自分で考えて、自分でつくりだすようにします」とはっきりいう。若くていちずで子供達に真っ正面からぶつかつていくそんな行動には、自然と応援したくなる。

 みなこという障害児を養護学校に行くまでの間、小谷学級で預かったことで、子供達に変化を起こさせる、本当はこんな教育ができるのが望ましいのだが、世の中とは悲しいものだ。

 作品全体を流れる作者の暖かなやさしさが伝わってきて、ほのぼのとした気持ちにさせてくれる。やはり児童書として子供にも読ませてやりたい本である。

<海の図>
主な登場人物:

沖島荘吉

八代高校三年生、はやくから両親に死に別れ、二年生までは成績も良かったが、三年になつてから登校拒否中。
淡路島に近い島にくらしている。

姉 悦子

吠崎と呼ばれる岬の突端で、土産店「しおさい」を持っている。
父が残してくれたものである。

矢崎秀世 母の加那子と秀世、陽子の三人暮らし、母は絵島楼という旅館をやっている。加那子は東京から、訳あってこの島にやってくる。秀世も過去を持っている。荘吉と同じ学校の三年A組に転入してきた。
妹 陽子 神の子と呼ばれるような、感性の持ち主、すごく人見知りするのに、荘吉とは大の仲良しになる。
島尾先生 教師歴2年目、2ケ月前に三年A組の担任になる。
史麻さん 弁当屋、52歳。「ジャン・ムーンライト」でトランペットを吹いている。2度結婚、2度離婚の独身。荘吉とは遠い親戚にあたる。自分から人生の落伍者と称している。
若松先生 今から13、4年前、荘吉が学校に入る前、この島で教師をやっていた。ある挫折から止めね、東京の国立で音楽家として暮らしている。

物語の展開:
 沖島荘吉、高校三年生になるが、登校拒否をして二ヶ月になる。父親は腕のいい魚師であったが、何故か魚師を止め、近畿電力の臨時雇員として、送電塔建設のための気象観測の仕事に従事したていた。荘吉はアルバイトなどをやりながら、父が何故魚師を止め、そのような仕事に就いていたのかを探し回る。
 荒れた学校の教育、開発と漁業の衰退、生き方の苦悩といった問題をからませながら、父義次の生き方が次第に明らかにされ、荘吉の思いは・・・。 

読後感:
 まるでミステリー小説のようである。著者の持っている静かでいて、それでいて激しい思いがこの作品にも伝わってくる。

こころに残る表現:
◇<兎の眼>

 西大寺の堂に善財童子という彫像がある。
 あいかわらず善財童子は美しい眼をしていた。ひとの眼というより、兎の眼だった。それはいのりをこめたように、ものを思うかのように、静かな光をたたえてやさしかった。

 高校時代の恩師の言葉「人間は抵抗、つまりレジスタンスが大切ですよ、みなさん。人間が美しくあるために抵抗の精神をわすれてはなりません」
「人間が美しくあるために抵抗を・・・」
 小谷先生は口の中でつぶやいて、どきっとした。
 鉄三や諭、処理場の子どもたちを思い出したのだ、それから足立先生も。
 善財童子になぜあなたはそんなに美しいのと問いかけた、それと同じ問いができるのだ。わたしはなぜ美しくないの、きのうの子どもたちはなぜ美しくなかったの、と。
 処理場の子どもたちのやさしさを思った。ハエを飼っている鉄三の意思のつよさを思った。パンをもってかえる諭のしんけんさを思った。
 わたしは・・・
 小谷先生は青ざめて立ちあがった。その背にセミのなき声がむざんにつきささった。


  

余談:
 物書きの人は心に主義・主張を秘めていて、作品の中のいずれかでそれを訴えているところがある。それに共感すると心に響いていい作品だと感じるものである。灰谷作品もずしんと響いてくるものがある。
 
 背景画は、灰谷健次郎の本の表紙に使われているという元永定正氏の原画を利用。