藤沢周平著 『用心棒日月抄シリーズ』

                   
2005-07-25

(作品は、新潮社 藤沢周平用心棒日月抄』、『孤剣』、『刺客』、『凶刃』の用心棒日月抄シリーズの4作品による。)

      
       
 1976年6月よりほぼ2年おきに小説新潮に連載された用心棒日月抄シリーズである。 ながれはほぼ一貫しているが、『凶刃』だけは 16年後の話で、感情移入も明らかに違ってしまい、前3作の方がおもしろい。
物語の大筋:
用心棒日月抄:
 故あって人を斬り脱藩。 江戸は元禄、用心棒青江又八郎は知らずしらず浅野・吉良の争いの中に…。 藤沢文学の楽しみを凝縮した名作シリーズの第一作。

孤剣:
 お家転覆の証拠となる藩主毒殺謀議の書類を握って、恐るべき剣鬼が国許から姿を消した。藩取り潰しを目論み、公儀隠密も暗躍する。青江又八郎は密命を帯びて再び脱藩し江戸へ向かう…。 用心棒シリーズの第二作。 

刺客:
 藩政の非違を正す陰の組織・女嗅足組を抹殺するために、お家乗っ取りを策謀する黒幕のもとから、5人の刺客が江戸へ放たれた。 好漢青江又八郎は、その刺客を追って江戸へ…。 用心棒シリーズいよいよ佳境。

凶刃:
 姿なき暗殺者は、何に怯えて皆殺しの凶刃を振るうのか。16年ぶりに江戸の町に立った青江又八郎を不気味な闇が覆う…。 大きな活字で読みやすい「用心棒」シリーズの完結篇。

読後感:

 東北の藩生活を離れ、江戸での用心棒家業の日々の暮らしぶり、用心棒仲間の米坂八内、細谷源太夫との信頼関係、口入れや吉蔵との商売と信頼との相互関係の妙といった表現が実にいい。
 主人公青江叉八郎の素朴で、ほのかな人としての暖かみ優しさ、また正義感のようなものが溢れ出ていて、すがすがしい読み物である。

小気味よい表現:

 時代劇小説であるため、斬り合い場面での表現も楽しみの一つである。以下では各所での斬り合い場面の小気味よい表現を抜粋してみた。

◇用心棒日月抄:
−叉八郎、相棒だった塚原を斬る場面−
―――出来るのだ、この男。
叉八郎は青眼に構えをかためて、迎え撃つ姿勢をとりながら、心の中で呻いていた。鈍く光る一本の剣の陰に、塚原の五体はほとんど隠れるばかりに圧縮されてみえる。その姿勢が、すさまじい弾力を秘めていることは明らかだった。
「やッ」
塚原は低く短い気合いを吐き捨てた。次の瞬間、塚原の身体は巨人のようにのび上がって、叉八郎に殺到してきた。すさまじい一撃だったが、叉八郎はその撃ちこみをはね上げた。二人はすれ違い、床に高い音を立てた。

◇孤剣
−小石川御門の北、大富静馬と青江叉八郎との斬り合い場面−
踏みこみかけた足を一たんもどし、叉八郎はあらためて闇の中に気配をさぐった。静馬はまだ部屋の中にいた。息苦しいほどの殺気が闇の中から寄せて来る。気配をさぐりながら、叉八郎はそろりと部屋の中に入り、足音を盗んで右に回った。
すると、いきなり風が襲って来た。刀をあげてうけとめると、闇の中に火花が散った。一瞬の火花の中にうかんだ静馬の姿に、叉八郎は鋭い袈裟斬りを叩きつけた。また火花が散って、静馬の姿が蝙蝠がはばたくように闇の中に跳んだのを感じた。
そのまま気配が絶えた。そして次ぎに物音が聞こえたのは、遠くからだった。

◇刺客
−六間堀裏の襲撃の場面−
うなりをあげて、男の刀が上段から落ちかかってきた。体をひらいて、叉八郎はその刀をはね上げる。はねた刀身を、踏みこみながら鋭く胴に打ちこんだが、相手は今度は退かなかった。かちりと、叉八郎の剣を受けとめると、そのまま前に出て来た。
叉八郎は横に足を送った。動きに合わせて、相手もすばやく横に動く。刀ははなれず、その間に身体は密着して、きわどい鍔(つば)ぜり合いになった。相手は押して来る。のみならず敵の刀は、叉八郎の剣を巻こむような、粘っこい力を伝えて来る。
叉八郎は押された。半歩さがり、また半歩さがった。叉八郎も背丈はある方だが、身体を接すると相手はもうひと回り大きい感じがした。頭上から何かしら巨大なものがのしかかって来るような、不気味な迫力がある。
刀をひきはずすゆとりは、まったくなかった。つとめて腕の力をやわらかく保ち、腹に力をためながら、またじりっと半歩さがったが、額に汗がうかんだ。
―――化物め!

◇凶刃
−石森左門と叉八郎、佐知との戦い場面−
だが、その平凡な顔つきの男は、叉八郎の胸にうかんだ一瞬の雑念を嗅ぎつけたらしい。五間の距離を気合いもろともすべるように走って来た。下段の剣は高く斜め上に上がり、そこから糸を引くような斬撃が叉八郎を襲ってきた。身の毛もよだつ神速の剣を、叉八郎も一歩もひかず迎え撃ち、剣を合わせると、強くはね返した。一瞬の隙に短剣を胸に構えた佐知が躍り込んでいったが、左門は早い引き足を使って、佐知に鋭い一撃を浴びせた。左門の体制は少しも離れず、十分に腰の入った一撃だった。


   


余談1:

 NHK金曜時代劇で、藤沢周一の蝉しぐれ』を再放送も含め2度見た。配役も殺陣場面も、音楽も何ともいえず新鮮で、心に染みる作品であった。 それで藤沢作品を読んでみたかった。 この作品に出てくる青江叉八郎の姿も、正義感があり、人情味もあり、頼りがいもあるすがすがしさが感じられる作品である。



                               

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