藤沢周平著 『暗殺の年輪』

                   
2005-08-25

(作品は、文芸春秋社 藤沢周平暗殺の年輪による。)

       
 

69回昭和48年(19737月直木賞受賞作品。
『暗殺の年輪』は100ページ強の中編小説であるが、引き締まってズンズンと核心に引きづり込まれる痛快時代小説である。
池波正太郎による、藤沢周平の評価では、「あれはいいぞ、のびるぞ、君、小説はハートだよ、いかに人のこころをとらえるか、だけだな。藤沢さんの小説には人のこころをとらえて離さない魅力がある。」と言わせた。

物語の大筋:

 主人公は葛西馨之介(けいのすけ)23才。18年前父源太夫は海坂藩(うなさかはん)7万石の政争に捲きこまれ、ある重臣を刺殺しようとして失敗、腹を切った。
 ある日、10年以上も同門の仲であったが、その事件以降、1年ほど前から遠ざかる仲となっていた貝沼金吾から呼び出しを受け、訪れた所家老水尾、組頭首藤、郡代野地から海坂藩の柱石である中老、嶺岡兵庫を斬る役目を依頼される。
 ところが郡代の粗野な言葉から、事件以降、馨之介を見る人の眼に含まれる、微かな笑いのようなものを愍笑(びんしょう=あわれみ)と感じていたわけを調べだした。
 その真相に迫った結果、母である波留の秘密を知るところとなり、ついには中老嶺岡兵庫刺殺を引き受けることとしたが・・・・。

読後感:

 中老嶺岡兵庫刺殺の場面は、緊張感のある、迫力ある表現で、一気に読者を引き付ける。なんだか先に読んだ用心棒日月抄の斬り合い場面を彷彿とさせる。そしてちょうど馨之介は若い頃のことで、成長したのが青江叉八郎風を感じさせる。

小気味よい表現:

 葛西馨之介が中老嶺岡兵庫の一行を襲う場面: 

「殿、はやくお屋敷へ」
 漸く青眼に構えを固めた男が、大声で叫んだ。声に切迫した響きがある。男も、いまは馨之介が凡手でないことを覚ったようだった。嶺岡はまだ動かない。
 その嶺岡にちらと視線を流すと、男は遠い距離から、再びするすると近寄ってきた。男の構えが一気に上段に変わったのを馨之介はみた。 巌が倒れかかってくるような迫力がある。 男が勝負をつけたがっているのを馨之介は感じた。
 馨之介も出る。夜気を裂いて、はじめて二つの気合いが交錯し、躰が烈しい勢いで擦れ違った。 擦れ違う一瞬、男の剣は地を割る勢いで振り下ろされ、馨之介の躰は、しなやかに一度男の脇腹に吸いついてから、のめるように前に擦り抜けていた。
 重く地を鳴らして男の躰が崩れるのを、振向きもせず馨之介は嶺岡兵庫に向かった。左の袖が大きく切り裂かれている。

   


余談1:
この作品には、以下の短編もおさめられている。
◇黒い縄   「別冊文藝春秋」121号
◇暗殺の年輪 [オール読物]昭和48年3月号
◇ただ一撃  [オール読物]昭和48年6月号
◇溟い海(くらいうみ) [オール読物]昭和46年6月号
◇囮(おとり) [オール読物]昭和46年11月号
 いずれの作品も、それぞれ面白いものであるが、その中でも、『溟い海』は、第38回オール読物新人賞受賞作品であり、また、同年直木賞候補に推されている。
 
 富嶽三十六景で画壇の内側に入ったと感じた葛飾北斎も老齢の時に至る。そのころ評判になってきたのが安藤広重の東海道五十三次の絵。「先生のいう風景画と、少し違う」と聞いて「東都名所」と何が違うと考えつつ、「そこにあるいは彼を凌ぐ風景画の名手を見出すことになるかも知れない。その時前人未踏、古今独歩の風景描き北斎の名声が地に落ちるのだ」と怖れる。はたして作品をみると自分の絵の描き方とに差を感じる。
次ぎに取り組んだ富嶽百景は不評。藤沢周平が描く創作作品である。


                               

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