藤岡陽子 『きのうのオレンジ』


              2021-07-25


(作品は、藤岡陽子著 『きのうのオレンジ』    集英社による。)
                  
          

 
初出 「小説すばる」2020年2月号〜8月号
 本書 2020年(令和2年)10月刊行。

 藤岡陽子
(本書より)
 
 1971年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業。報知新聞社を経て、タンザニア・ダルエスサラーム大留学。慈恵看護専門学校卒業。2006年「結い言」が、宮本輝氏が選考する北日本文学賞の選奨を受ける。2009年、「いつまでも白い羽根」でデビュー。著書に「手のひらの音符」「晴れたらいいね」「おしょりん」「満天のゴール」「跳べ、暁!」などがある。現在は、京都の脳科学クリニックに勤めている。 

主な登場人物:

笹本遼賀(りょうが) 地元岡山で就職、今は東京五反田でイタリアレストラン「トラモント」の店長、33歳。

笹本恭平(きょうへい)
奥さん 昌美
(まさみ)
子供 娘二人

同級生の間では、遼賀と二卵性の双子として見られている。
地元岡山の高校の体育教師。
・奥さん 中学の理科教師、恭平より1歳年上。

笹本燈子(とうこ)

母 富

遼賀の母親。
・夫(遼賀の父)3年前急性腎盂炎による敗血症が原因で亡くなる。
・富 遼賀のばあちゃん。遼賀を可愛がる。

笹本音燈(おと) 笹本燈子と双子の妹。生まれつき心臓に異常持ち、成人まで生きるのは難しい。相手とは結婚できないと、妊娠、両親の反対押し切って赤ん坊を産む。
矢田泉

遼賀と岡山の高校時代同じクラス。東京の大学病院の看護師。
遼賀が入院時の担当。28歳から31才迄3年間松原と付き合っていた。

松原皆人(かいと)

遼賀が入院の消化器外科の医師。矢田と2年前まで付き合っていたが、「きみと一緒にいると気が休まらない」と別れを告げる。
・唐津教授 消化器外科病棟のトップ。
・森看護師長

道平 岡山の訪問看護師。昔小学校の裏のこじま医院で働いていて、遼賀の母と同年代か少し若いくらい。遼賀や恭平のことを知っている。
那裕也(ゆうや) イタリアレストラン「トラモント」の従業員(バイト)。
店長(笹本遼賀)に採用されたことに感謝している。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 33歳の遼賀が受けた胃癌宣告。恐怖で震えが止まらない。その時、郷里の岡山にいる弟の恭平から荷物が届く。入っていたのは、15歳の頃、恭平と山で遭難した時に履いていたオレンジ色の登山靴だった。がん宣告を受けた「彼」と、彼を支える「家族」の物語。

読後感:

 笹本遼賀と恭平は同級生の間では二卵性の双子としてとおるほど、顔は似ている。中学3年の卒業を前にして、卒業記念に父親と遼賀、恭平の三人で那岐山(なぎさん 標高1000メートル)の冬山登山をした際、遼賀と恭平は登山道から滑落し、一夜をテントで過ごす。
 遼賀は恭平を助けて凍傷にかかり、足の切断は免れる。一夜では死を覚悟し、両親に向けての手紙を書き残す。

 その後は、二人共進む道が異なり、遼賀は東京でチエン店のイタリアレストラン「トラモント」の店長を。恭平は地元岡山で高校の体育教師をし、結婚して子もなしている。
 そんな遼賀は33歳にして突然胃がん宣告を受け、失意のどん底に。病院で担当の看護師は地元岡山の同じ高校のクラスメイト矢田泉と再会する。

 物語は若くして癌宣告を受けた遼賀を中心に、クラスメイトの矢田の献身的な対応、弟の恭平の豪放磊落な接し方、その三人を中心にしてお互いの秘密や過ぎてきた思いを互いに吐露したりと、傷つけないように互いが気を遣う様子がひしひしと伝わってきて、しみじみとした情感がたまらない。
 さらに遼賀のバイト店員、高那皆人の献身ぶりも、絶望的な状態で救われ、店で働くことに喜びを感じて、店長の遼賀に感謝の気持ちを抱き、大学の受験にも挑戦するほどにまで変われたことも、遼賀の優しさのなせることだった。

 遼賀と恭平の秘密、笹本家の家族の絆について、遼賀が矢田に家族のこと、矢田に知って欲しくなったと
「外からは当たり前に見える四人家族。でもそれぞれが当たり前ではない思いを持って、ひとつ屋根の下で暮らしてきた。自分がいなくなる前に、そのことを誰かに話しておきたかった」と。
 そして矢田も自身の秘密を打ち明ける。

 若くしてガンになると進行が早く、不安を募らせていく遼賀の気持ちと、彼に接する恭平や矢田、高那らの、こちら側の気持ちも切々と伝わってきて、 彼らの過去の思い出と相まって患者の気持ちに思いを寄せる礎(いしずえ)になる思いである。


余談:

 遼賀が癌治療で先が見えなくなり、治験での治療を受けようと矢田や遼平に勧められ、医師の説明を受けた時のシーン。医師の説明に恭平が怒り出し、治験を断ると。
 そんな遼賀が思うことは
「遼賀にがんの告知をした松原医師も冷静な人ではあったけれど、それでもその目には感情を持つ人の揺らぎがあった。そうした医師の揺らぎが患者にとっては救いになることがある。だが柿本にとっての自分は、恭平の言うようにただの研究の対象でしかないように思えた。そんな男にあとわずかかも知れない残りの時間を委ねるわけにはいかない。」というものだった。
 全くの同感。医師としての人格を見た思いである。 

背景画は、自然いっぱいの素材集がErrorとなって消失してしまったので、背景素材無料のものからに。

           
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