江上 剛著  
              『隠蔽指令』、 『告発者』




              2014-09-25




(作品は、江上 剛著 『隠蔽指令』(徳間書店)、『告発者』(幻冬舎文庫) による。)

         

『隠蔽指令』

 初出 「問題小説」2007年10月号〜08年6月号に掲載された作品を大幅に加筆訂正したもの。
 本書 2008年(平成20年)8月刊行。


『告発者』

  初出 2011年1月刊行の「告発の巨塔」を改題したもの。
 本書 2014年(平成26年)6月刊行。


 江上 剛:
 

 
1954年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、第一勧業(現みずほ)銀行入行。97年の第一勧銀総会屋事件では、広報部次長として混乱収拾に尽力。その後のコンプライアンス体制に役割を果たし、事件を材にした映画「金融腐食列島呪縛」(高杉良作原作、役所広司主演)のモデルにもなった。2002年、築地支店長を務めるかたわら「非情銀行」で作家デビュー。03年に退行後旺盛な執筆力で「失格社員」「大罪」「腐食の王国」「円満退社」なとヒット作を生み続けている。

物語の概略:

『隠蔽指令』 

メガバンクを脅かす、7億円の不正融資。事態打開のため奔走する天野だが…。職務に忠実に励むうちに闇に堕ちてしまう。誰もが陥りかねない真昼の闇。ビジネスマン読者の溜飲が下がる自己回復の物語。

『告発者』

組織への忠誠か、真の経営改革か。その狭間で揺れる若き広報部員を前代未聞の頭取のスキャンダルが襲い…。信義を守ろうとする人間が企業で評価されることはないのか。欲望、嫉妬、裏切りが渦巻く超リアル企業小説。

主な登場人物:
『隠蔽指令』

天野善彦(よしひこ)
妻 佳代
息子 大地

入行13年、楠瀬頭取の秘書役として信任が厚い。合併絡みで頭取より木下案件の処理を任される。
ミズナミ銀行の人間

旧大東和銀行と旧扶桑銀行が平成16年4月に合併して出来た新銀行。
・楠瀬直己(くすのせなおみ) 頭取(旧大東和銀行頭取)。
・林田育夫 総務部部長。合併のため旧大東和銀行内の問題案件を担当。変わり身が早い。
・荒木 人事部。天野と同期。
・木村綾乃 秘書室の女性。 天野に付きまとっている。

ウエスタンクレジットの人間

ミズナミ銀行(旧大東和銀行)の系列ノンバンク。
・春日部幸夫社長 旧大東京銀行の副頭取。
・椎名隆 企画部長、執行役員。旧大東和銀行からの出向。

鬼頭英雄

羽根田代議士の秘書。天野とは大学時代の友人。
広域暴力団住川組(経済ヤクザ)総長大林喜太郎と懇意。

菊川礼次郎
妹 さゆり

元大東和銀行木下相談役の女(菊川さゆり)絡みで銀座のクラブ“花木蓮”に7億の融資をさせ、返済を滞らせている。
“花木蓮”のオーナー。

羽根田修造
女 宇部木幸子

与党民自党の衆議院議員。大泉政権では冷や飯喰いに甘んじている。
・幸子 羽根田の愛人。“花木蓮”のホステス。鬼頭が羽根田に紹介。

亀田秀治

元民自党総務会長。新党“国民議会党”を立ち上げる。
野党を巻き込んで現在の大泉健一郎政権に取って代わろうと企み、羽根田修造に加わるよう働きかけている。

五十川順(いそかわ) 情報屋。“グローバル金融”という経済誌の記者。鬼頭と親しい。

『告発者』
関口裕也

MFG(ミズナミフィナンシャルグループ)広報部員。
旧太陽栄和銀行出身。

木之内香織 大東テレビ経済部記者。裕也の大学時代付き合っていた、2年後輩。
藤野幸次 MWB(ミズナミホールセールバンク)頭取。旧興産銀行出身。
瀬戸和巳 MFG社長。川田、藤野とともに、メガバンクを牛耳る三頭政治の中心的人物。旧扶桑銀行出身。
川田栄 MRB(ミズナミリテーリングバンク)頭取。旧太陽栄和出身。
MFGのその他人物

・山川俊夫 広報部長(上司の指示に忠実な人間)
・井上喜久雄 広報部次長(瀬戸の子飼い)
・東海林百合子 広報部
・西山照人 総務部のベテラン

佐伯誠一

講談社の写真週刊誌「ヴァンドルディ」の副編集長。
・橋本五郎 編集者
・北山杏子 期待の若手

進藤継爾 「グローバル・エステート」(新興不動産業者)の社長。
MWBの貸し渋り、貸し剥がしで倒産。
読後感
『隠蔽指令』

 警察小説には結構面白い題材が豊富で色んな作品が出ていて楽しめるが、この作品のように、経済小説、そして政治がらみの題材も刑事物とはひと味違い、引き込まれるものである。
 天野善彦なる銀行マン、頭取の秘書ということで他の人からはうらやましがられる立場であるが、そうとばかりは言えなく、数々の試練、意に則さない場面に遭遇する。同じ秘書室の木村綾乃による勝手な思い込み、妄想に翻弄され、家庭内もめちゃくちゃに。
 仕事面では上層部の隠蔽指令で処理を任されたが善処するために海千山千の人間を相手に苦しむことに。

 人をどこまで信用していいのか、喉まで出かかる言葉を我慢して思いとどまったり、信頼していた頭取も結局は自分の身のことを考えていただけと知り、決別を決意。
 最後に仕掛けた大仕事で溜飲を下げるも、得られるのは解放された自由の身だけ。それでもこれからは全てを切り捨て一から出直しの人生に向かう。
 味方は敵と思われていた友人と・・・であったとは。

 

『告発者』
 
 銀行の合併にまつわる行内の権力争いと広報の立場での行動となかなか興味深い物語である。
 銀行の内部については知るよしもないが、製造会社勤めであった自分としては、合併して出て来る人物について常にどこ出身と付くのにうんざりしてしまうのはおかしいのか?
 どうして一つの会社としての考えに発展しないのか不思議でしょうがない。

 とはいえ3行出身の派閥と別に付く人間との間で、若手で実行力のある(?)関口裕也の率直な性格の男が、大学時代に付き合っていて別れた木之内香織のことを思い、決断する行動にはすかっとさせられる。
 写真週刊誌の橋本五郎の信義も、こういう考えでの記者たちなら今の写真週刊誌のことも見直すけれど、そんなにきれいごとではないだろう。
 杏子と五郎の言葉のやり合いがユーモアがあり、やはりこういうユーモアが入ると物語に奥行きを与えてくれて好ましい。


印象に残る表現
『告発者』より (佐伯が、藤野頭取が父と娘くらい離れている女との密会のネタを聞いて怒る)

“行己有恥”(論語):己を行うに恥あり。
 本当の君子というのは、己の行動を全身全霊をもって行い、責任を取る。

  

余談:

 ビジネスの世界は厳しい。思い通りに行かないことが当たり前。それでも我慢我慢で世の中を渡っていかねばならない。幸せと感じることはごくごく一時のこと。そんな世界とも今はおさらば。生活にはきゅうきゅうとしているが、まあ気楽に毎日が過ごせればこんな幸せなことはないと思えるのもそういう時節になったということ。 

背景画は、展開される舞台である銀行をイメージして。

                    

                          

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