ロジェ・マルタン・デュ・ガール著
山内義雄訳

  『チボー家の人々』 (その二)
 



              2009-12-25



(作品は、ロジェ・マルタン・デュ・ガール著 『チボー家の人々』山内義雄訳 白水社による。)


            
       

 
 1956年7月刊行
  第三巻(父の死(2)、1914年夏(1))
  第四巻(1914年夏(2))
  第五巻(1914年夏(2))
 (参考)
 第一巻(灰色のノート、少年園、美しい季節(1))
 第二巻(美しい季節(2)、ラ・ソレリーナ、父の死(1))
 第三巻の一部(父の死(2)
 
 ロジェ・マルタン・デュ・ガール:
 1881年3月ヌイー・シュル・セーヌのビノー町に生まれる。父は中部フランスのブルボネ州の産で、パリ市初審裁判所の代訴人。
 読者との絶縁、<文壇>との絶縁。1937年「チポー家の人々」の第七部「1914年夏」三巻に対してノーベル賞が授けられる。小説を書こうと決心をさせたのは、トルストイの「戦争と平和」を読み返すうち。


物語の背景:

 第一次大戦に先立ってのフランスの一家族、ないしカトリックたるチボー家と、プロテスタントたるフォンタナン両家を取り上げ、そのおのおのの相関関係ないし対立関係の中に、そのおのおのの若き生命の発展の様相を子細に検証することに筆を起こし、戦争勃発とともにそれらの生命がひとしく混迷擾乱(じょうらん)のるつぼにたたき込まれ、軍部、政治家輩の野心と無知と、さらには社会革命家達の怯懦(きょうだ)と逡巡との結果、戦争と、それに伴う悲劇がますます拡大する様相をあますことなく描き出し、ついには作者自身の一分身とも思われるフィリップ博士をして「ぼくの思うところでは、今度の戦争においても・・・」

 

主な登場人物:

◇チボー家 カトリック
アントワーヌ(長男) 医師として多忙、ジャックと議論するも、理解できず。やがて自らも軍医として出征、ドイツ軍の毒ガスにやられ療養所に送られる。そして自分の死を迎えるまで戦況と自分の症状を事細かくメモをとること、ジャン・ポールにチボー家のこと、フォンタナン家の父親のに生き甲斐を見出す。
ジャック(弟)

1910年(4年前)何も言わずに失踪、今はジュネーブでインターナショナル運動に関わっていて、あちこちの國に出向いて情勢の分析、入手に働く。ヨーロッパは戦争に向かっている。
ジェンニーと結婚の約束までしておきながら・・・。

◇フォンタナン家 プロテスタント
ジェローム(主人) 自殺する。
テレーズ(夫人) 夫のジェロームの死をむかえ、最後は二人で老後を過ごす期待も無くなる。 そして何か役に立ちたいとメーゾン・ラフィットの自宅とチボー氏の家を改装し兵士の病院経営に汗を流す。
ダニエル(息子)

ジャックが失踪後、軍隊に入り1914年7月に除隊となる。 チボー氏の危篤でジ4年間音沙汰なしの状態でャックと会うも昔のようにはいかない。従軍で片足が義足となり、家の外に出ることもなくジャン・ポールの見張り役と遊び相手で毎日を過ごす。

ジェンニー(妹)

ジャックとの激しい恋いに落ち、ジャックの形見のジャン・ポールをかってジャツクさんがそうあって欲しいと思っていたような子に育てたいと決意をアントワーヌに語る。

ジゼール チボー家の家番《おばさん》の娘。 ゼールは3年間の病院勤めを終え、メーゾンラフィットでのみんなの生活を簡潔な手紙でアントワーヌに知らせている。 ジェンニーはジゼールを姉と扱い、ジャン・ポールは《ジーおばちゃん》と呼ぶ。
ニコル ノエミの娘、エッケの妻でもある。テレーズ夫人のいとこに当たり、看護婦の免状を持ちテレーズ夫人の元でジゼールと共に夫人を助ける。
メネストレル(パイロット) 労働運動に身を投じ、“インターナショナル”の一座に重きをなすに至る。使命感に生き何でもやってのけられる人間であるが、何ひとつ信じない、自分自身をさえ信じられない・・・。
パターソン “インターナショナル”労働運動の仲間。
アルフレダ “インターナショナル”労働運動の仲間。メネストレルとの関係は、彼の使命とやらを彼女が全てを受け入れることで保たれていたが、パターソンを好きになってから自分を犠牲にする気持ちになれなくなる。
フィリップ博士 アントワーヌの師。アントワーヌがガス中毒で療養している時に呼び、自分の症状を診断してもらう。

読後感

 (その一)では父親であるチボー氏の最後の姿が非常に印象的であったが、いよいよ(その二)ではどんどん戦争機運が高まる中、ジャックの革命運動にのめり込む姿と、兄アントワーヌとの議論がかみ合わない場面も見物である。ジャックのいらだちとジェンニーを残しても最後の行動に突き進んでいく姿も印象深いが、ジャックとの間に生まれたジャックの気質を色濃く残すジャン・ポールを育てることに喜びを見出しているジェンニー、戦争で片足を無くして義足となり、何の希望もなく子守としてのジャン・ポールを相手に過ごす日々のダニエルの姿、さらに戦争でガス中毒にやられ、生きながらえることの望みが無いことが分かってしまうアントワーヌが今まで尊敬もされ、慕われもしていたが今は全くの一人となってしまったことを感じ、呆然とする姿。恩師のフィリップ博士との面談等々、戦争による人生の移ろいがなんとも悲しく、人生を無事に生ききることのことのなんと難しいことか。

 近代ヨーロッパの歴史、第一次大戦にのめり込んでいく様子が、インターナショナルという社会主義運動の市民レベルから見た動きが詳細に語られ、次第にどうにもならなくなると同時に、今まで戦争反対運動を起こしていた人々も戦争突入になるや、相手国に対する自分の国が負けるわけに行かない心理豹変のさまがあらわになってしまう。
 戦争とはそういうもののような気がしてしまう。

 戦争をテーマにした小説では暗くお涙頂戴のものがあるが、この作品は海外作品であることも一助なのか、さらっとしているが、じぃーんと心に染みてきて、やはりすばらしい作品なんだなあと思えてくる。
 読み続けてきて良かったと心底思えた。

 

  

余談:
 今読んでいる皆川博子の「冬の旅人」はロシアに渡って長年過ごし、主人公の晩年にさしかかった時にサラエボでの暗殺事件が勃発、ロシアの専制政治に対する革命の動き、ロシアとドイツの不仲の中で皇帝のドイツ人皇女に対する反発など次第に戦争への不安が起きてくる。 丁度「チボー家の人々」のヨーロッパ側からの状況に対し、ロシア内部からの情景が見られ、感慨深いものがある。
背景画は、フランスの風景をインターネットで探したもの。

                    

                          

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