彩瀬まる 『神様のケーキを頬ばるまで 』



              2021-02-25


(作品は、彩瀬まる著 『神様のケーキを頬ばるまで』    光文社による。)
                  
          

 初出  泥雪          「小説宝石」2012年3月号
    七番目の神様      「小説宝石」2012年11月号(「七番目の神さま」改題)
    龍を見送る       「小説宝石」2013年7月号
    光る背中        「小説宝石」2013年10月号(「喝采」改題)
    塔は崩れ、食事は止まず 書下ろし。

 本書 2014年(平成26年)2月刊行。

 彩瀬まる
(あやせ・まる)(本書より)  

 1986年千葉県千葉市生まれ。上智大学文学部卒業。2010年「花に眩む(クラム)」で第9回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。’12年東日本大震災の被災記「暗い夜、星を数えて―3・11被災鉄道からの脱出―」を発表。’13年、小説として初の単著となる「あのひとは蜘蛛を潰せない」を刊行。近著に「骨を彩る」がある。 

主な登場人物:

[泥雪]

私=むつみ
息子
娘 

鍼灸師。鍼灸指圧の専門学校を卒業して3年、24歳。手揉みマッサージチェーン店の一店舗を任され、それから17年間、いくつもの店を変え今は錦糸町六階建てビルの二階で。
夫は3つ年上の証券マン。7年近くの結婚生活後別れる。
・息子 今年中学生。反抗期? 
・娘 学童クラブ1年生。客として来店の40代の地方議員との子。

南理保 月2回のペースで訪れる客、29歳。
ツキコさん 私が15歳の頃、父に連れて行かれた好きなお灸の店。いつも清潔で、いい匂い。お金を貯めるため日本へ働きに来ていた。
[七番目の神様]
俺=橋場 大阪に本社を置くイタリアンカフェバー「アリア」の錦糸町二号店の店長、29歳。喘息の持病持ち。
藤原 同じビルの上層階に入居のITセキュリティ会社の営業マン。
小山笑美(えみ) 俺が藤原の頼みで参加した合コンで知り合った小柄な女の子。
[龍を見送る]
私=工藤朝海(あさみ)

アマチュアバンドで作詞作曲を担当。「けやき堂」でバイト。

千景(ちかげ)さん 古書店「けやき堂」の店主。
紺野哲平 歌声にひかれ、哲平と知り合い、私と哲平の二人組ユニット“フォックステイル”の処女作で注目を浴びるように。
[光る背中]
私=十和子(とわこ)

IT会社の事務員、28歳。主婦向けのアプリ開発チーム。
趣味はプロレス観戦。上條さんに夢中。

澄子(すみこ) 同じチームで隣の席。
芦原しおり 外注のイラストレーター。
上条由隆(ゆたか) 一流商社勤め、34歳。モッテモテのいかす男性。
[塔は崩れ、食事は止まず]
私=大野天音(あまね)

郁子と二人でカフェを初めて6年、方針の違いから私辞める。
日々節約し毎日を悶々と暮らしている。

郁子 店をたたみ、新装開店し評判を取っている。

波江さん
息子 晴彦

ホームセンターのバックヤード、ホーム&キッチン売り場の責任者。
私より5つ年下。
・晴彦 学童保育の子。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 なにげなく働いているように見えるあの人も、本当は何かに悩んでいるのかもしれない…。ブレイク必至の新鋭が、ありふれた雑居ビルを舞台に、つまずき転んで、それでも立ち上がる人の姿を描いた感動作。

読後感:

 語られている話は、いずれの主人公も、その生き様は決して成功者でなく、挫折を味わっている。その中からヒントを得て立ち上がっていく姿がある。
 ただ、物語を通してウツミマコト(内海真琴)の無名の画家の時代の絵と、後に映画監督となり、“深海魚”という評価を二分する作品が共通して登場している。

 さて、
[泥雪]の私(むつみ)の鍼灸師の話。離婚した夫の息子は大きくなるに従い、別れた夫に似て暴力的な行為(壁をとんどん叩く)に、親として息子を咎める立場と気持ちを強く持とうとするも、やはり躊躇してしまう。夫の中に秘めた残酷さ?、それとも、束縛や圧迫を不器用な愛情だと思いたがっていた私が、この人をこんなにいびつにしてしまったのだろうか。

 お客の理保と言う女性も彼氏との異常とも言える行為をさせてしまう。「好きな人にひどいことばかりする。やめなくちゃいけないってわかっているのに、やめられない」と。
 私の店にはウツミマコトの無名の時代の絵が飾られている。

[龍を見送る]の私(工藤朝海)は作詞作曲をし、魅力的な声の持ち主、紺野哲平とコンビを立ち上げ次第に評判を取るように。しかし、哲平がオリハラユイという作曲者とのコンビでバンドを抜けると言い出す。
 周囲は哲平に対する想像以上の極評を浴びせるも、時間が経てば評判の方が勝ってくることを悟る私は、哲平は龍で一直線にずっと遠くまで走る。芸に関しては自分にも他人にも非常と。
 そんな哲平にエールを送る。

[光る背中]は私(十和子)は上條さんに夢中だけれど、芦原しおりという外注のイラストレーターの礼儀正しく控えめな、可愛い女の子に隠されていた行為を知り、そしてしおりの言葉に「私の恋は昔から集団の中でぱっと輝きを放ち、周囲の目を集める人ばかり好きになった」と判る。上條にきっぱりと決別宣言するも、上條の返す言葉に上條が持つ暗い海が怖くなる。

[七番目の神様]にしろ、[塔は崩れ、食事は止まず]にしろ主人公が関係した相手と素に接触することで経験する、今まで見過ごしていたことに気づかされ、気持ちを新たに一歩踏み出せるように。温かな気持ちに包まれる物語であった。
 本の題「神様のケーキを頬ばるまで」は、推定、書き下ろしの「塔は崩れ、食事は止まず」からからきている。


余談:

 物語を通して出てくる“深海魚”の映画作品は、ウツミマコトという、無名の画家で後にアカデミー賞を取ったイタリアの低予算映画の30代の若い日本人の美術監督。そして初めての監督作品が“深海魚”。
 物語は、アルシンクロナイズドスイミングの男性振付師が、夢にたびたび現れる理想の女性と現実の世界で出会い、恋をし、世界一の水中芸術の完成を目指して共闘する、ある意味では王道のラブロマンス。映像は美しいが、評価は「愛と芸術の間で揺れる心の痛ましさ」「この一瞬の昇華のために人は生きていくのかも知れない」といった大仰なくらい好意的な評価に並んで、「変態のオナニー映画」という容赦のない批判も寄せられた。
 物語ではこの作品が話題になり、登場人物の中に好きと言う人々がいる。 

背景画は、自然いっぱいの素材集がErrorとなって消失してしまったので、背景素材無料のものからに。

           
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