彩瀬まる 『 不在 』



              2021-03-25


(作品は、彩瀬まる著 『 不在 』        角川書店による。)
                  
          

  本書 2018年(平成30年)6月刊行。書き下ろし作品。

 彩瀬まる
(あやせ・まる)(本書より)  

 1986年生まれ。2010年「花に眩(くら)む」で「女による女のためのR-18文学賞読者賞」を受賞しデビュー。著書に「あのひとは蜘蛛を潰せない」「骨を彩る」「神様のケーキを頬ばるまで」「桜の下で待っている」「やがて海へと届く」「朝が来るまでそばにいる」「くちなし」など。ノンフィクション作品として、東日本大震災に遭遇した時のことを描いた「暗い夜、星を数えて 3・11被災鉄道からの脱出」がある。  

主な登場人物:

[錦野一家の家族]

斑木アスカ(まだらぎ)<本名 錦野明日香>

漫画家。父の遺言で屋敷を譲り受け、仕事の合間に冬馬と片付けをし、屋敷跡の活用をどうするか思案する。
子供の頃の思い出で、父が自分をどのように思っていたかを知りたくて・・・。
泉冬馬(私より5つ年下の26歳)のこと、愛という名のもと、役立っていることに満たされている。

父親 一幸(かずゆき)
母親 堀越昌子

    (まさこ)

祖父の後を継ぎ錦野医院を継ぐ。若先生と呼ばれるも医者としての才能は芳しくなく、母親を殴り離婚。その後も医院に残り一人死んでいった。
・母は祖母にもいじめられ、子ども(鷹光と明日香)を連れて家を出る、明日香7歳の時。会社を退職後近所の学習塾の事務職とピアノ教室を開いて生計を立てている。

錦野鷹光
妻 蓉子
(ようこ)

明日香の兄。大手製薬会社勤務、結婚7年、二人の子ども、3人目まもなく生まれる。父の葬儀にも出席せず。
(さとし) (かずゆき)の弟、明日香にとって叔父さん。
版画家として活動、千葉でカフェを営む。
祖父母

祖父と父二代続けて内科と小児科の錦野医院を営む。
祖父は名医と言われた。父に対して期待せず、鷹光にその才能を期待していた。

泉冬馬(とうま) 劇団「大脱走」の劇団員。バイトで生計を立てていたが、明日香の家に住み着き、バイトを辞め芝居に打ち込む。

有沢妃美子(きみこ)
娘 佳蓮
(かれん)

近所でスナックを営む。母親たちが去った後、錦野医院に住み着いていた。父(一幸)のことを「佳蓮を娘扱いしてくれた人」と。
・娘の佳蓮16歳、お母さんしか居なくてろくに構ってくれないと難しい年頃。

男の子 錦野屋敷に時々現れる小学低学年の男の子。「幽霊をやっつけに来たんだ」と。
緑原薫 丸川出版コミックラムダ編集部。前のベテラン石本の後任として、入社2年目のただの女の子だが、自分の考えを明日香にぶつけてきて明日香を怒らせてしまう。
片貝(かたがい) 孔林社の編集員。緑原との決別で片貝に話を持ち込む。
空ちゃん 20代半ば、ベテランのアシスタント。
俵さん 劇団「大脱走」の演出家。50代の紳士。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 長らく疎遠だった父が、死んだ。「明日香を除く親族は屋敷に立ち入らないこと」。医師であった父の不可解な遺言に、娘で漫画家の明日香は戸惑いを覚えながらも洋館を受け継ぎ整理することを決めるが…。愛なき世界の生き方を探る、野心的長篇小説。

読後感:

 主役の錦野明日香は、8年前クリエイター系の専門学校を卒業後小さな会社のウェブデザイナーをしていたが、給料の安さや待遇の悪さから原稿を作成しコミックラムダに持ち込んだ。その後次第に漫画家としてのステイを確立していく。そんな明日香は、7歳の、親に甘えたいとき母親が離婚、家庭は壊れた。

 明日香の父親との思い出は、散歩に連れて行ってもらったときの幸せだけ。果たして父は私のことをどんな風に思っていたのかを知りたがっている。
 それというのも、父の死で残された手紙には、明日香に屋敷を引き継ぎ、お前の子ども達に譲り渡していくことと記されていた。

 作品中には父親は死後しか登場しないが、錦野家にとって祖父の存在の偉大さに反し、父親は医者としての能力も劣り、あの屋敷でいつも誰かに馬鹿にされていて、誰にも認められない中、屋敷を継ぎ、医者として生きている姿がある。優しい人間であるのに、母を殴る行為に走る。

 そんな中、有沢紀美子と娘の佳蓮との家族ごっこで満たされていたのではないかと明日香は想像する。
 ラスト近く明日香の漫画を父も見ていたことを知る。

 父のことを想像する片や、明日香は劇団団員の泉冬馬という青年に愛を感じ、冬馬にお金の面倒を見ることで愛と考えている。ところが冬馬は「明日香が欲しかったのは忠誠だ。それがあんたの中では愛なんだ。・・・でもこのまま一緒にいたら、明日香、俺のこと殺しちゃうよ」と言って去ることを決意する。そして父と同じように明日香も冬馬を殴ってしまう。

 母の考え方、兄の鷹光の忠告、叔父の智の言葉、有沢紀美子と佳蓮の言動が家族の間の難しさをつまびらかにしていく。
 家族とは一体何なんだろう。求める姿は一様ではない。こういうものだと語れるものでもない、その家族それぞれの姿があるのだろう。


余談:

 明日香の漫画家としての思想というか、作品のとらえ方というか、その面でも興味があった。「クリエイターが幸せになったら、作品が読者を置き去りにする」と入社2年目の編集者緑原薫に言われ、担当を変えなければその出版社とは決別するとした明日香が、その後色々と経験する中、原点に戻ることを悟り、緑原に連絡する下りは溜飲が下がる思い。
 彩瀬まるの作品をもっと読みたくなった。

背景画は、自然いっぱいの素材集がErrorとなって消失してしまったので、背景素材無料のものからに。

           
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