浅田次郎著 『中原の虹』




                 
2009-03-25



  (作品は、浅田次郎中原の虹(一)〜(四)卷 講談社による。)


           
          

 第一巻 初出 「小説現代」2004年5月号から2005年2月号、2006年9月刊行
 第二巻 初出 「小説現代」2005年3月号から2006年2月号、2006年11月刊行
 第三巻 初出 「小説現代」2006年3月号から2007年3月号、2007年5月刊行
 第四巻 初出 「小説現代」2007年4月号から2007年10月号、2007年11月刊行

 浅田次郎:
 1951年東京都生まれ。
 多数の作品で、吉川英治文学新人賞、直木賞、柴田錬三郎賞、司馬遼太郎賞などを受賞。


主な登場人物:

張作霖
(渾名 白虎張)
(字? 雨亭)

満州馬賊の総ランパ(頭領)。今は官軍に順じているが、手下は実に3千八百の騎馬を持つ。媼の託宣に満州の王者たれ、東北の覇王たれかしと言われる。

李春雷
(字 雷哥)

親分も子分も持たない浪人稼業を10年続け、浪人市場で張作霖が一千元で命を買う。張作霖の部下で五当家(頭目)として認められる。

馬占山
(字 秀芳)

蒙古から流れてきて、張作霖に拾われた若僧。過去を持ち、春雷と競い合う。

袁世凱
(字 慰庭)

北洋陸軍の総司令官。戊戌の政変で皇帝派(変法派)を裏切り、太后側(守旧派)に注進し、救国の英雄たれかしと期待されている。

徐世昌
(字 菊人)

袁世凱の朋友。東三省(満州地方)の総督。翰林院(はんりんいん)の士大夫、国史編纂の仕事に10年従事、ずば抜けた碩学。人望もあり、西太后、袁世凱に重用される。
西太后 第九代咸豊帝の側室、72歳。西太后は袁世凱を頼りにしているが、忠義は信用していない。徐世昌に袁世凱に人並みの忠義を持つよう説くことを依頼する。清朝末期、外国の植民地にならぬよう策を施す。

李春雲
(字 春児)

貧農の子から宦官となり、西太后の寵愛を受け信任篤い大総管太監。

王永江
(字 岷源)

張作霖の知恵袋。張作霖によって見出された落ちこぼれの進士。張作霖が満州の風ならば、君は満州の大地だと趙爾巽の言葉。

柳川文秀
(梁文秀)

戊戌(ぼじゅつ)の政変に失敗、日本に逃れた進士。春雷、春児と同郷。
趙爾巽 東三省の総督。中華の国土の四分の一を占め、日露戦争によって荒廃した東三省の政治経済基盤をつくった傑人。

張学良
(字 漢卿)

張作霖の長男。張作霖より中原の覇者になるよう龍玉をもらう。

宋教仁
(字 得尊、
 呼称
漁夫)

日本留学で梁文秀に学び、帰国して革命派の中で頭角を現す。孫文とも袁世凱とも距離を置き、希望の星であったが・・・。

吉永将(まさる) 清国軍の軍事顧問として奉天に赴任する。張作霖とも通じ、日本に情報をもたらす。夫亡き後、母親は遺志を継ぎ清国人留学生のため下宿屋を営む。
岡圭之介 反政府反権力を旗印とする日本の新聞、万朝報の記者。

物語の時代背景と展開:(歴史の出典は主に放送大学テキスト 東アジアの中の中国史)

・1616年 ヌルハチ、女真族を統合して即位。「後金」国ハーンと称し、八旗制を整える。
・1636年 ホンタイジ(太宗)、大元伝国の璽(天使の印?)を入手し、国号を「清」と改める。
・1944年 李自成、北京を攻略し、明滅亡。呉三桂は清軍を導いて華北に侵入、清軍が北京に入城して清は中国王朝となる。
・1894-95年 日清戦争
・1898年 戊戌(ぼじゅつ)の変法 19世紀中国の近代化を目指した運動
・1900年 義和団事件(外国排斥運動)
・1904年 日露戦争
・1912年 王朝体制に終止符。中華民国成立。
    臨時大総統に就任した孫文。現実には大総統の地位に袁世凱。
・1914年 第一次世界大戦
・1916年 袁世凱死去。
・1925年 孫文死去。
・1928年 張作霖爆殺。
 
 物語は清王朝の誕生にまつわる龍玉伝説を背景に、袁世凱とその周辺、清朝を列強の外国から長らく守り存続させた西太后、東北三省を実質支配した張作霖を中心に、衰退する清朝がどうなり、中原の覇者は誰になるのかを描く。


読後感:

定年退職後、放送大学で学んだ中国史に出てきた、張作霖、袁世凱、西太后、ヌルハチの名に惹かれ、三国志や秦の始皇帝時代とはまた別の中国史を知るため読み始める。時代背景がなかなかつかめず、小説にも西暦や日本史との位置づけが判らなかったが、一巻の終わり頃からぼんやりと判ってくる。
 徐世昌が袁世凱に話す、天命思想の象徴である「龍玉の伝説」の話でヌルハチから清朝の光緒帝までの流れ、光緒帝が袁世凱に龍玉を探して真の中華皇帝となるよう命じられたところの背景のもやもやが晴れた。

 第二巻では西太后が自分が亡き後のことを考え、誰も考えなかった人物を次の皇帝にし、そして自分を悪女に仕立てて、洋人でなく誰か中華の人間が起つよう策を考え、光緒帝とともに姿を消す筋書きを実行する。
 
 今回中国の歴史を知りたくて読み始めたが、なるほど、要所要所に非常に感動する場面が組み込まれていて、さすがだと思える部分があり、まずまず興味を持って読むことが出来た。ただ、時間軸がどうもある時突然過去の人物のことになっていたりして、やはり浅田次郎作品の傾向は同じだなあと。また中国の場合正名と字、呼称の3種類が入り乱れ、なんとも判りづらいのは仕方がないか。
 
 この作品の場合、張作霖という人物像は部下や民衆からは慕われ、人気もあるが、何となく好きになれないのはどうしたものか(どうやら作中にも表現されているが、自らの内面を見せないため、何を考えているのかわからないというところによるのでは)。むしろ、袁世凱の方に人間味を感じ、親しめる。
 
 西太后は果たして作品にあるような人物であったのか? 別の資料でも調べてみたい。
どうも著者への疑心暗鬼が影響しているかも。


   


余談1:

 この歴史小説を通して、清朝の起源から近代中国誕生に至る中国史をわかりやすく知ることが出来、非常に有意義であった。描かれている人物像は著者のもくろみか、善意の人物に仕立て上げられているようだ。

余談1:

浅田次郎の作品は以前「椿課長の七日間?」を読み、上下巻のうち上巻でこの後どうなるのかとたいそう期待して下巻を読み進んだが、どうも先のつじつま合わせはまどろっこしさと、なにやら興味のわかないような話を挿入されてあまり面白くなかった覚えがあり、あまり好きな作家ではなかった。この作品の最後の方の展開もなんだかしっくりこなくて、この著者の作品は苦手である。

                               

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