安東能明著 『広域指定』


 

              2016-12-25



(作品は、安東能明著 『広域指定』  新潮文庫による。)

           
 

  本書 2016年(平成28年)9月刊行。書き下ろし作品。

 安東能明:(本書より)

 1956年静岡県生まれ。明治大学政経学部卒。浜松市役所勤務の傍ら、‘94年「死が舞い降りた」で日本推理サスペンス大賞優秀賞を受賞し創作活動に入る。2000年「鬼子母神」でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞する。’10年「撃てない警官」所収の「随監」で日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。「強奪 箱根駅伝」「螺旋宮」「潜行捜査」「聖域捜査」「第U捜査官」「出署せず」「侵食捜査」「ソウル行最終便」「伴連れ」「CAドラゴン」シリーズなど、緻密な取材に裏付けされたサスペンス、警察小説で注目を集めている。

主な登場人物:


柴崎令司
妻 雪乃
息子 克己

綾瀬署警務課課長代理、警部。綾瀬署に左遷されて2年近く、見放されたような孤独感を味わっている。そんな時に女児失踪事件が発生・・・。

高野朋美(ともみ)

綾瀬署刑事課盗犯第二係、巡査。今回は失踪した美希の笠原家に専従として送り込まれての活躍。

綾瀬署幹部たち

・坂元真紀署長 キャリア。
・助川副署長
・浅井刑事課長 元警視庁捜査一課の出。
・八木生活安全課長
・岡部警備課長
・高森交通課長

大貫昌治(しょうじ)

警視庁捜査一課第八係の係長、警部。笠原美希失踪事件に綾瀬署に乗り込んできた警視庁捜査一課の刑事。
・特殊班 落合、新井

千葉県警関係

・本部捜査一課管理官 辻本
・柏署 刑事課長 平岡
5年前の柏市での橋本玲奈
(7歳)誘拐殺人事件を担当。

水口文彦(33歳)

5年前の柏市での橋本玲奈(7歳)誘拐殺人事件の容疑者。結局釈放されている。今回の笠原美希失踪事件にも関わりがある?
笠原家から400メートルの近くのアパートに住む。

太田垣育男 運送会社社長。水口無罪の支援者。水口と同じ柏市出身、若い頃学生運動一緒に。
笠原工務店の関係者

・笠原智治司社長(44歳)
妻 佳子
(40歳)息子(兄)将太(11歳) 娘(妹)美希(9歳)
・角谷道弘課長 先代が生きてた頃からの従業員。ろくに仕事しないし好き放題、一番の高給取り。別格で腫れ物扱いされている。
・掘田恵里 智司と最近まで不倫関係の噂。
・吉川 女子従業員。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

午後九時、未帰宅者の第一報。所轄の綾瀬署をはじめ、捜査一課、千葉県警、警察官僚までを巻き込む女児失踪事件の扉が開いた!

読後感
  

 
今回は9歳の小学3年生の女児失踪事件を通して綾瀬署と警視庁の公開捜査を巡る見解の相違から時間ばかり立つことに。しかも5年前の千葉県警下で発生した高橋玲奈ちゃん誘拐殺人事件の容疑者水口文彦(自白していたのを否認に転じ、証拠不十分で放免)を今回の容疑者の本命と考えての警視庁捜査一課の思惑と、千葉県警の恥をさらすのを嫌って綾瀬署からの情報提供依頼をむげに扱うなどいかにもありそうな警察の縄張り意識が事件を最悪の結果に導いた。

 警察小説とはいいながら、著者の作品は日の当たる刑事の捕り物というよりは、警察内部の人間の動きを描写している点がちょっと知がつているし、主人公が刑事そのものでなく、署長なり刑事課長なりからの指示や命令で動かされることがあるものの、一方で筆頭課の課長代理として署長なり、副署長なりに相談されたり、頼りにされたりの立場が救いになっている。
 そんな中、今回の女署長の面目躍如たる場面は警視庁捜査一課の大貫係長に発したその言葉ではなかったか。(印象に残る場面参照)

 その背景にあるのは坂元が警察官に成り立てのころ、大阪の曾根崎署で今回と似た事案を経験、生活安全課の性犯罪対策係長として、事案解決の一翼を担い、必死で取り組むも、結果として女の子は死体で戻ってきた経験が同じ轍を絶対に踏みたくないとの思いがなせるわざだったのだろう。
 そしてもうひとり高野朋子の成長ぶりが頼もしい。それを坂元署長が認めだしたのもわくわくする。
 やはり思い出すのは「伴連れ」の<Mの行方>で高野刑事が坂元署長に「お言葉ですが、人間の恐ろしさをおわかりになっていないと思います」と放った言葉を署長は忘れていなかった。
 おもしろい。

印象に残る場面:

「捜査一課の揚げ足を取ろうとしているのではありません」坂本が言葉を継いだ。
「われわれ警察はたとえどんな理由があろうとも、真実から目をそらしてはいけない。九十九パーセント、犯人に間違いないと思われる人間が目の前にいたとしても、残り一パーセントの可能性は確実に潰してゆくべきです。そうは思われませんか?」
 大貫は即答できない様子で、坂本を見つめている。
「責任能力のないものの話だからと無視するのはたやすいですが、かりに事実だとすればとても重要な証言です。真意を検証しなくてはなりません」坂本は毅然と言った。
「みなさんの犯罪に対する取り組みを非難するつもりなど毛頭ありません。ですが、真相はひとつです。それを解明するためにわれわれ警察が存在しており、牽引するのはほかならぬあなた方捜査一課です。大貫さん、一課の実力を見せていただけませんか・・・」

  

余談:

 柴崎令司の仕事ぶり、状況を「撃てない警官」(2010/2013新潮文庫)「出署せず」(2014.6新潮文庫)「伴連れ」(2016.5新潮文庫)といずれも短編で見てきたが今回は長編ものでその仕事ぶりもいかにも所轄の警務課長代理として署長や副署長の指示に従いつつも補佐役として、時には刑事ばりの役目もしたりとその活躍ぶりが板に付いてきた感じである。

 今回は高野朋美の指導者としての役割もしつつ、警視庁の刑事部長に対してもかって警視総監へのレクチャー経験もある態度で応対する程に頼もしいところを見せている。
 けれど妻の雪乃が言うように早く本部に復帰しないとこき使われるだけとあせりも出てきたり。しかし所轄での仕事もまんざら出ないような気が感じられなくもない。これからもシリーズとして続いて欲しい作品である。

背景画は、清流をテーマに。(自然いっぱいの素材集より)

                    

                          

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