〜 イッカククワガタ採集記 〜

(その3)



苦戦のブナ林

さらに車を走らせると、広いブナの森に辿り着く。この森も二次林に違いないが、奥が深く、自然が良く保たれていることが一目で伺える。昨年 11月には、この近辺の別のブナ林を訪れ、黄緑色に輝くコガネオサムシに出会うことができた(画像前掲)。今回車を停めてみたところ は、ちょうど日当たりが良く、未だ若葉の出ていない早春のブナ林を散策するのに絶好の場所に見えた。早速、中に入ってみる。

[ブナ林]

広大なブナ林


腐朽が進み表面が苔むした切り株がいくつか見つかる。新しい切り株は多くの場合堅くてとても割ることができないので、むしろ古い切り 株の方が歓迎できる。しかし、腐朽が進みすぎて、既にボロボロとなっているものも少なくなく、いい材に巡り会うのは容易なことではな い。

林内をゆっくりと歩いていると、やがて、黒化するほど腐朽の進んだ倒木を見つけた。湿り気が多く、斧で容易に崩すことができる。しつ こいようだが、イッカククワガタが入りそうな材のイメージが全く湧かないので、どんな材でも割れるものならとりあえず試してみるしか ない。クワガタのものらしき小さな食痕が見つかり、それを追っていくと、なんとコルリクワガタの幼虫が出てきた。これまで多くのコル リ幼虫を観察してきた経験があるので、間違えることはないと思う。やがて、パラレリの♀成虫が蛹室内で潜んでいるのも見つかる。やは り、この材もイッカクの材ではないようだ。材を持ち上げると、その下に、15cmほどもありそうな、黒に黄色のマダラ模様の入った大きな イモリが鎮座していて驚いた。おそらく、このブナ林の自然の深さを物語るのに十分な生き物であろう。(注:後日確認すると、そのイモ リはファイアーサラマンダーと呼ばれるもののようだ。)

[パラレリ♀] [イモリ]
   
蛹室の中のパラレリ♀新成虫 材の下に大きなイモリが潜んでいた


倒木狙いが功を奏さなかったので、再び切り株に狙いをつけてみる。とある切り株の表面の苔を手で捲り上げると、冬眠中のオサムシが何 種類か出てきた。コガネオサムシは出てこないが、どのオサムシも、日差しに当たるとそれぞれ青、緑、紫の淡い輝きを帯びてとても美しい。ところが、捕ま えようとすると、尻から臭い液を噴射してくる。肌に当たると、ヒリヒリする厄介な液だ。

[オサムシ×4]

オサムシ達の色の微妙なバリエーション


一方で、切り株の中味においては、肝心のイッカククワガタは見られない。クワガタらしき食痕すら、なかなか見出すことができな い。いくつかの切り株を試しているうちに、時刻はいつの間にか昼時にかかっていたが、もう少しこのブナの森の中を徘徊してみるしかな い。

しばらくすると、朽ち木の溜まり場を見つけた。これまでのクワガタ採集の経験からすれば、その朽ち木は朽ち方と湿り気がほど良い感じ だ。樹種はナラのようである。それぞれの材の直径は、30cmほどだろうか。これらの材でイッカクが見つからなかったら、このブナ林 での採集は難しいと考えるしかない。これらの材に、ブナ林での探索の最後の望みをかけることにする。

[朽ち木溜まり]

期待できそうな朽ち木溜まり


適度に朽ちていそうなところに斧を入れて削っていく。直ぐに茶色い小さな食痕が現れる。慎重に削っていくと、陽光に藍色に反射するも のが出てきた。食痕の主は、やはりコルリクワガタであった。皮肉にも、狙っていないコルリクワガタの採集数が増えていく。繰り返しにな るが、もしもコルリ狙いで来ていたら、細めの落ち枝という固定観念に囚われて、おそらくもっと苦戦していたことだろう。自分のような 素人にとって、採集とは、まさに小さな意外性の連続である。

[コルリ♀]

コルリ♀が顔を出した


結局、望みの朽ち木では、イッカクの姿を拝むことはできなかった。自然の深いこのブナ林で見られないとすれば、イッカククワガタは一 体どこに潜んでいるというのか。朝から始めて、本来なら昼ごろまでには何とか方をつけたい採集であったが、そう甘い目論見どおりに事 は運ばず、時刻は既に13時を過ぎてしまった。しかし、せっかく遠くまで足を運んできたところなので、何とかイッカククワガタ採集の端 緒だけでもつかみたい。家内に携帯で遅くなりそうだと連絡を入れ、態勢を立て直すことにした。

さて、採集においてどうにも埒が明かない状況に陥ったら、思い切った転換が必要である。ここは、ブナ林に見切りをつけて、人里近くに 移動し、狙いの樹種も変えていくべきだと、思いを固めた。




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