北陸地方のブナ林に棲むクワガタ虫(1/3)
by えりー


はじめに
8月から9月にかけてアカアシクワガタやヒメオオクワガタを探しに北陸地方(石川県,福井県)のブナ帯を歩き回った.この報告は,これまで別の場所(例えば有名産地)でのヒメオオ採集経験もなく手探りで山を歩いては疲れるだけということを幾度か繰り返した結果である.したがって,私はまだ高山のクワガタ虫に関しては未熟であるが,高山種に興味を持つ初心者で,桧枝岐村などの有名産地が遠くて行きにくい人が,地元で採集・観察を試みる際のモデルケースというか一つの試みとして読んでいただければよいなあと思う.
アカアシもヒメオオも採集したことのある人にとってはなんのことはない,非常に気楽に採集できるクワガタ虫にすぎないのであるが,昨年は残念ながらアカアシを数ペア見つけたのみで,ヒメオオに出会うことはなかった.今年は,昨年歩いた福井県の2カ所(仮にK池,R湖)以外にも,RR山(福井県,これはクワ馬鹿5月号ですでに報告しているコルリの採集地)とH山(石川県)という2フィールドを新たに加え,なかでもK池とH山は重点的に調べた.
さて,結論からいうと,この2カ所ではいずれもアカアシ,ヒメオオを観察することができた.下調べの段階で,博物館所有の標本のラベルから,この2カ所には少なくとも10年以上前にはいたことが分かっていたのである意味で期待通りと言っても良い.また,ブナ林のクワガタ虫の生態観察に関して,福島県のクワガタ虫HP(安達氏)ならびにブナ林のクワガタ虫HP(林原氏)を参考にさせていただいた.


8月15日,福井県・K池,曇天
今期最初のK池である.天候は,生憎の曇天小雨混じりであったので,下見気分で如意棒(磯たもにネットを張ったもの:5.4mまで伸びる).K池までは家から約1時間半のドライブである.ちなみに,ここは6月に近畿支部のメンバーと灯火採集を行った場所でもある.K池は私の一番のお気に入りの場所で,たとえクワガタ虫が採れなくても,行くだけでリフレッシュできるすばらしいブナ林がここにはある.この日は.なにしろ今年は雨が多く,結局梅雨も明けなかった.そのうえ,後半は大雨が連続して県内各地で土砂崩れ,洪水,冠水などの被害が出ていた.この日は雨が一段落したため出かけたのであるが,まだ鉄砲水や土石流の危険性があったのでちょっと冷や冷やしながら車を運転した.舗装されていた林道までの山道があちこち土砂で埋まっているうえ,水があふれて川底のような状態だ.普段の休日ならば釣り客が少なくとも10人は居るのだがこの日は駐車場に2台しか車がなかった.しかも彼らは雨宿りのできるベンチでもってご飯を食べていた.沢が濁ってしまっては釣りにならないのだろう.


Fig.1林道もこの通り,いたるところで小川になっている.

灯火採集のときにも歩いた林道はあいも変わらず砂防ダム工事が進んでいた. あるはずの場所にヤナギがない.切られてしまったのか,綺麗にならされた川岸が醜く見える.6月に来たときよりはいくらか新鮮な食痕がちらほら見えるものの,絶対数は非常に少ない.


Fig.2 整地された斜面(左手).ヤナギの木どころか草もろくに残っていない.

ここまで来ると林道はほぼ終わりである.これより先は獣道しかなかったのであるが,この春ごろから新しい工事用林道が造成されて,この上流では砂防ダムを建設している(Fig.3).


Fig.3 林道の最終地点.ここから川を離れて右手の山を登るとK池にたどり着く.

さて,この日はわざと下流の駐車場に車を止めて普段の倍の距離を歩いた.下のほうにはヒメオオはいないだろうと思ってこれまで無視してきたが,万が一と言うことも有り得る. ルッキングをしながらゆっくり歩いた所で2時間はかからない距離だから大したことはない.だが,だんだん雨粒が大きくなってきた.結局,アカアシクワガタですらみつからなかった.

そろそろ林道も終わりに近づいてきた(Fig.3の地点)ころ,ぽつんと離れた場所にヤナギがあった(Fig.4).高さは3mくらいだろうか.あまり大きく枝を張ってはいない.下から眺めてゆくと細い枝先の本当に先端に黒いものが・・・.かなり大きなメスのクワガタ虫がいる.残念ながら手が届かないし,如意棒もないのでしかたなく頭に巻いていたタオルを下で構え,足で軽く木を蹴飛ばした.これがまた巧いことタオルのところに落ちてきてくれて,ナイスキャッチである.下から見てアカアシとは違うなと思っていたが,やはりヒメオオのメスであった.


Fig.4 ヤナギの木.


Fig.5 私が初めて観察したヒメオオ♀(福井県産,39mm)割と大型である.

この日は,この1メスしか観察できなかった.そのうえ,その後まだ福井県産の♂には出会っていない. 絶対数がかなり少ないのか,それともヒメオオの生息ポイントを把握していないかどちらかだと思うが, 印象としては「居ることには居る,けれど数は決して多くない」といった感じである.もちろん1匹でも観察できたのであるから,おそらく数十,数百の単位で存在はしているはずである.私がルッキングを行ったのは人間の歩ける林道だけだし,ヤナギの木は例えば川の対岸には林道沿いに匹敵する,あるいはそれ以上の数あるのだ.しかし,向こう岸へ渡るのは至難の業で,一カ所渡ったところでそこから岸沿いに歩ける訳でもない.あるいはブナの原生林に分け入ればヤナギの木が群生している場所もあるかもしれない.このK池周辺のヒメオオの分布に関してはさらに徹底した調査が必要だと思われる.


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