概説 | 館集落の西側に、十三塚という長大な土手が南北に走っている。この土手は上幅数m、高さ2〜3mあり、本来は谷を完全に横断していたとみられるが、現存するのは南よりの部分である。この土手が作られた時期と目的は不明であり、溜池の土手とする説、筑波神社への参道のような宗教施設とする説、谷に作られた牧の囲いの一部とする説、軍事施設とする説など、様々な説が考えられる。現在のところ溜池の土手とする説が有力だが、溜池を作るためには必要のない斜面にまで土手が作られているところを見ると、牧の可能性も捨て難い。いずれにしても十三塚は館と併せて検討すべきであろう。なお十三塚という名称は、土手の上に江戸期の十三塚があったことによるものであろう。[『筑波町史』より] |
南側部分を南側から見る![]() |
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訪問記 | [2002/12/31]稲敷の街道閉塞土塁とは雰囲気が違う。牧の土手という説が魅力的だと思う。 |
所在地 | つくば市神郡。館集落の西側250m付近を南北に伸びる(現状は点在)。 |
参考書 | 『筑波町史』 |