ゴスペルとは?


 みなさんは、ゴスペル音楽を聴いたことはありますか。

 「天使にラブソングを」という映画をみた方がおられるかもしれません。

 マーティン・ルーサー・キング牧師(アメリカの公民権運動の指導者)の有名な演説
 「I have a dream(わたしには夢がある)」の前に、マへリア・ジャクソンというゴスペルシンガーが、「I’ve been ‘burked and I’ve been scorned(わたしはののしられ、さげずまれてきた)」「How I Got Over(こうしてわたしは乗り越えた)」をいうゴスペルや黒人霊歌を歌っていたのをご存じの方がおられるかもしれません。

 また、彼らは行進をするときに、ゴスペルをもとにした「We shall overcome」を歌いました。



黒人霊歌


 ゴスペル音楽のルーツは、黒人霊歌(二グロ・スピリチュアルズ)というジャンルの音楽です。

 今から200〜300年ほど前、当時アメリカ大陸に移住したヨーロッパ人が、農業の労働力にするため、アフリカ大陸から、アフリカに住む人々を、まるで動物のように捕まえて、物のように船におしこめて、大西洋を渡り、アメリカの、特に南部の地方に強制的に連れ込みました。

 このアフリカから連れてこられた黒人の奴隷たちが、労働の合間や仲間たちの葬式で歌うようになったのが、黒人霊歌(二グロ・スピリチュアルズ)です。

 黒人奴隷たちは、最初、奴隷主である白人に連れて行かれた教会で、キリスト教の礼拝を経験するのですが、やがて、労働後に仲間たちとこっそり集まって、自分たちだけの礼拝をもつようになります。

 奴隷主は奴隷が集まって反乱を企てることをとても恐れていましたので、この集会を厳しく取り締まります。そのため、彼らは奴隷主にばれないように、さまざまな工夫をしながら礼拝を続けました。

 この礼拝のなかで、彼らは独特の礼拝形式を形成していきます。まず、リーダーが歌い始めます。それに、集まったものたちが、和音を重ねていく。あるいは、コール・アンド・リスポンス(かけあい)をする。

 また、歌が暗号の意味を持つこともありました。
Steal away」という歌(川崎リトル・ライト・シンガーズのレパートリーのひとつです)をだれかが労働の間にハミングする。

 それを仲間たちがハミングで伝えていく。歌そのものは、「主イエスのもとにのがれていこう」という歌詞なのですが、「今、アメリカ北部への逃亡を手助けするグループが南部にきているよ」というメッセージになったといいます。



ゴスペルのはじまり


 アメリカでは、1865年、南北戦争が終結し、黒人奴隷は解放されます。

 しかし黒人たちは、引き続き貧困と白人による差別に苦しみます。

 この状況のなかで、黒人の仲間たちを励ますために、1930年代にトーマス・A・ドーシーというブルース・シンガーが、ブルースのスタイルにのせて
 「苦しいときも、わたしたちを愛してくれる神様を信じて生きていこう」ということを歌いました。

 この歌を「ゴスペル・ソング」(福音の歌)と呼びます。

 その後、このスタイルで歌う多くのスター・シンガーが生まれました。


 川崎リトル・ライト・シンガーズでは、ゴスペルの前身の二グロスピリチュアルズや、1930年代以降作られた初期のゴスペル・ソング、そして、歌いやすいコンテンポラリー・ゴスペルなどを歌っていきます。




励ましとしての讃美


 南アメリカの黒人解放運動でノーベル平和賞を受賞したネルソンマンデラさんの自伝に強制収容所内でこんなシーンが描かれていました。

 彼が、圧倒的に不利な裁判のあと、収容所に移送されるとき、裁判所の外で待っていた黒人たちが、彼を取り巻いて、主に祈りをこめた讃美を歌うのです。

 スローガンを絶叫するよりも、歌うことで、仲間を励まし、自らを慰め、そして、主に祈りを伝える、という方法が、どんなに有効であるか。

 それは、この平和な日本にすごしている私たちも、感じることがあります。

 なぜでしょう。

 ゴスペルをはじめとする、神様を讃美する歌が、人間のささやかな悩み、苦しみから、目を天にむけさせ、その痛みを包み込んで癒し、勇気づけ、励ましてくれるからではないでしょうか。

 歌う人も、聴く人も、ともに元気になる歌、ゴスペル。あなたも一緒に歌ってみませんか。


文責 松永晃子(川崎リトル・ライト・シンガーズ リーダー)