放課後。学校の屋上で、ぼんやり夕日を眺めていた俺。
こんな夕焼け空を見ると、夏の出来事が思い出される。
優紀さん…。
先週、やっと優紀さんの連絡先が分かった。姉貴が調べてくれたのだ。
でも、その情報と一緒にショッキングな事を聞かされた。
それは優紀さんはすでに彼氏が出来ていたという事実
会社の上司とかなんとか…。
「……」
俺は空を見上げて紅く染まる羊雲を眺めた。情けない話だが、そうしていないと涙がこぼれてしまいそうだった。
何で、俺はもっと早く、優紀さんに会わなかったんだ…。
そもそも、あの時、彼女を追いかけて気持ちを伝えておけばよかんたんだ。
後悔の念が押し寄せる。
優紀さん…。
もう、どうにもならない。俺は自分の無力さを心底憎んだ。
悲しさ、悔しさ、むなしさ…そんな感情が次から次へと押し寄せて来る。
もしあの日に戻れたら…そんな無理な事を考え、俺はさらに落ち込む。
「なに暗い顔してるのよ」
不意に背中を叩かれ、俺は驚いて声の主の方へ振り向く。
美鈴だ。
「馬鹿男、この頃元気ないじゃない」
俺の顔をのぞき込んで美鈴が言う。
「……」
「深川の事…でしょう?」
「ち、違が」
「やっぱ、そうなんだ」
からかい口調で俺に言う美鈴。俺はなんだか腹が立って来た。
「あ〜あ。あんなおばさんの何処がいいんだか」
「うるさい! よけいなお世話だ! お前には関係ないだろ! 俺の事なんか放っておけよ!」
「なによ! 怒鳴らなくてもいいでしょ!」
いつものように美鈴と喧嘩モードに入ろうとした自分を俺は押さえた。
なんか馬鹿らしい。俺はそんな気分じゃないんだ。
美鈴の事はこの際、無視しよう。
俺は無口になってまた夕焼けを見る。
「……」
「…なんで言い返さないのよ」
「……」
「……」
「……」
「そう…」
美鈴は少し寂しそうにそう言うと俺の隣に来て、夕日に染まる町並みを眺めた。
しばしの沈黙。
そして美鈴が口を開く。それは美鈴らしくない小さな声。
「関係なくないわよ。あんたが落ち込んでるの、気にしてる娘だっているんだからね」
俺は驚いて美鈴の顔を見る。美鈴はしまったとばかりに口を手で押さえてた。
「い、言っておくけど、あたしじゃないわよ!なんであたしが、あんたなんかの事を…」
「……」
「と、とにかく、深川の事なんて忘れて、元気だしなさいよ! 馬鹿男」
美鈴はそう言い残すと俺の前から逃げるように去って行った。
あいつ…。
俺は美鈴の背中を見送ると。深く。深くため息をついた。
そうだな。いつまでも落ち込んでいても仕方がないか。
俺は優紀さんに昔の事に縛られないで欲しかった。その俺が昔の事に縛られてどうする?
俺はもう一度、真っ赤な夕焼け空を見た。
あの夏の日。優紀さんと過ごした時間はもう戻らない。だけれども、あの数日間は意味のあったものだと思う。
その証拠に彼女は過去に縛られず新しい恋を見つけて進み出そうとしている。
それでよしとしようじゃないか。
その相手が俺じゃないのは寂しいけれど、なにかしら彼女の役には立てたんだ。
夏の大切な思い出。それでいい。
ほんの一瞬交わっただけの俺達の人生。その一瞬の出来事は大切な記憶として胸の中に刻まれるだろう。
そう、俺は決してあの夏の日を忘れない。
【END】
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