■優紀編■
エピローグ2


 
 

◆エピローグ2◆
『夕焼け色の再開』


 


 あの夏の海での出来事からもう3ヶ月が過ぎようとしている。
 秋も深まりつつあるこの季節。

 放課後。
 冬の制服を着た俺は、夕暮れのに紅く彩られた校舎から出た。
 小高い丘の上にある響谷高校。その校門の前の道から、俺達の住んでる街が一望出来る。
 俺は足を止めて沈みゆく夕日をなにげなく見つめていた。

 深川優紀さん…あれから連絡はない。

 最近、よく優紀さんの事を考えてしまっている。あの夏の事は単なる思い出として終わってしまうのだろうか。
 せつない気持ちに胸が締め付けられる。自分で思っていた以上に、俺は優紀さんの事が好きになっていたらしい。

 姉貴か美鈴に連絡先を聞いて会いにいこうとも思ったが、怖くてできなかった。
 迷惑がられたり、もう他に好きな男性ができてしまっていたら…そう考えると怖くて会いに行けなかった。
 俺は俯いてまた歩き出す。

 所詮、俺は気休めの存在でしかなかったのかもな…。

 俺は立ち止まって秋の空を見上げる。
 なぜか紅く染まる鱗雲が滲んで見えた。

「君? そんなに暗い顔してると、せっかく会いに来た彼女が気を変えて逃げちゃうわよ」
「え?」

 驚いて声の主を見る。見知らぬ女性?

 いや…。
 いた。優紀さんだ!

 彼女は路肩に停めた愛車のドアに寄りかかって俺の方を見ていた。

「優紀さん!!」

 俺は走って駆け寄ると彼女の顔をまじまじと見つめた。

「お待たせ。まこと君」

 少し照れながら微笑む彼女。

「俺、優紀さんに振られたとばかり…」
「ごめんね。新しい仕事に就いたし引っ越しもしたから忙しくてさ。でもそのおかげて康太郎さんの事も忘れられたし…」
「優紀さん!!」

 俺は思わず優紀さんを抱きしめてしまう。
 あの夏の日の匂いだ。3ヶ月しか経っていないのに、とても懐かしく感じた。

「ちょ、ちょっと、大げさね」
「もう会えないかと思ってた」
「大丈夫よ。これからはずっと一緒だから」
「…ああ」

 ゆっくり優紀さんの体から離れる。

「髪の毛切っちゃったんだね」

 優紀さんはロングだった髪を短く切りそろえていた。だから一瞬分からなかったんだ。

「失恋して髪を切るなんて古くさいでしょ? でも、気持ちを新たにするって意味では効果あると思うの。もしかして、君は前の方がよかった?」
「う〜ん。確かに長い髪もよかったけど…ショートもなかなか似合ってます」
「本当?ありがと。とりあえず、家まで送っていくわ。乗って。話したい事がたくさんあるの」
「俺もです」

 俺は3ヶ月ぶりにシビックの助席に乗り込んだ。
 俺はなにげなくに窓から外を見る。さっきまであんなに悲しい色に見えた夕焼けが、今はただ美しく見えた。

 別れた二人の時間が再び戻ってくる。あの夏の日に初めて知った遠いようで実は近かった彼女との関係。
 一緒に過ごした短い夏。でも、思い出だけでは終わらなかった。
 今、彼女が隣にいる事実。それを言葉で言い表せないほど嬉しく感じている。

 俺を選んでくれた優紀さん。
 康太郎義兄さんのように悲しませるような事は絶対にしない。
 今の俺は優紀さんから見れば子供で頼りないかもしれないが、いつか彼女と釣り合うような立派な男になってみせる。
 俺は夕日を見ながらそう決心した。

「どうしたの。ぼーとしちゃって。車出すわよ」
「優紀さん」

 俺は優紀さんがオートマチックのギアに置いた左手に手を添えて握りしめた。

「何?」

 少し戸惑ったように俺を見る彼女。

「俺は優紀さんに寂しい思いをさせるような事、絶対しないから」

 一瞬驚いたようだが、

「うん。分かってる」

 と、優しく頷いた。

 今でも心の中に夏が息づいている。優紀さんと初めて過ごしたあの日の海の色。透明なブルーを思い出す度に、今でも胸が熱くなる。

 二人のセレナーデ。

 プロローグが奏でられた熱い数日間。
 俺はあの夏の日の思い出をきっと忘れる事はないだろう。


【HAPPY END】