人違いだったら恥ずかしいので、なにげなくを装って俺は車に近づく。
車内には誰も乗ってない。
俺はそのまま道を横断して反対側に回ってみる。
あ、いた! 優紀さんだ。車の前にかがみ込んでいたので見えなかったんだ。
左前輪をのぞき込んでいる。う〜む。どうしたんだろう?
「これ、優紀さんの車ですか?」
「え? あら、まこと君」
優紀さんは少し驚いた顔をして俺の方を振り向く。
「どうかしたのですか? あっ!」
優紀さんが見ていた左前輪を見る。なんとパンクしていた。
「なんだか妙にハンドルを取られると思ったら、コレですもの。ツイてないわ」
ため息まじりに髪をかき上げながら言う優紀さん。
「とりあえずスペアタイヤに取り替えましょう」
「そうね…ってまこと君がするの?」
車からスペアタイヤを引っぱり出そうとした俺を見て、優紀さんが驚く。
「当然でしょ?優紀さんの格好、どう見たってこんな作業できるものじゃないじゃないですか」
「ちょっと、いいわよ。自分でするわ」
「こういうことは男にまかせておけばいいんだって…ジャッキは?」
「え? ここよ。…でも大丈夫? やり方とか分かる?」
そう言って俺の顔をのぞき込む優紀さん。
「大体は。不安なら横でみていてください」
「ええ。わかんなくなったり、なにか手伝う事あったら言ってね」
俺はジャッキアップするとボルトをはずしてタイヤを交換し始めた。
その作業をかがみ込んで優紀さんが心配そうに見ている。
う〜ん、俺ってそこまで信用無いのかなぁ。
「へぇ…なんだか手慣れているわね」
感心したようにつぶやく優紀さん。俺は少し得意になって答える。
「昔、親父がポンコツ乗ってて、よくパンクとか故障とか多かったんです。いつも手伝わされていたから、見よう見まねで覚えちゃって…」
「ふうん。…でも、まこと君って意外と頼りになるんだ」
優紀さんはかがんだ姿勢のまま俺の顔をのぞき込みながら言った。
「意外っていうのは心外だな。俺ってそんなに頼りない?」
「あっ、ごめんね。まこと君、年下だからなんとなくね」
「まぁ、分かりますけどね。…あ、レンチとって下さい」
「はい。でもよかった。本当はどうしようかと思ってたの。この服、実はおろしたて。だからホントついてないな〜って思っていたのよ。助かったわ。まこと君」
「いえいえ。優紀さんの役に立てたのなら光栄ですよ」
「ふふ。ありがと」
優紀さんはちょっと嬉しそうに俺の作業を見ていた。スペアタイヤに付け替えてボルトを締めて、ほんの数分で交換は終わった。
「ご苦労様でした。思った以上に手際がいいから感心しちゃった」
「少しは見直してもらえました?」
「少しだけね」
「ええー、それは酷いですよ」
「冗談よ」
楽しそうに笑いながらウインクをする優紀さん。
「でも優紀さんっていつもベンツに乗っていませんか?」
「メルセデスは綾部家の車よ。けっこう自由に使えるからいつもはあればかりね。これがわたし自身の車。休みの日だけしか乗らないけど」
「たまにしか走らせてあげないんで、きっと拗ねちゃったんじゃないですか?」
「あはは、そうかもね」
「さてと。帰ってシャワーでもあびよっかな。それじゃぁ、優紀さん」
「あ、ちょっと待って、まこと君」
帰ろうとした俺を優紀さんが引き留める。
「お礼といってはなんだけど、一緒お茶でもどう?わたしの入れるお茶でよければだけどね」
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