「明日、帰っちゃうんだよね」
「え? ああ。長いようで短い一週間だったよ」
「私、ずっと昔から、まこと君を知っていたような気がする。まだ出会って一週間なのにね」
「直美さんは」
俺はまた会ってくれるんでしょう? と聞こうとしたが、彼女の瞳がそれを拒否しているようで俺は口を噤んだ。
俺は直美さんの隣に腰掛ける。
月の優しい薄明かりの照らされながら彼女の髪が潮風になびく。
「夏は終わっちゃった感じ。私の今年の夏は今日で終わるの」
「直美さん」
「博子さんが言ったみたいに私たちの出会いって運命の出会いだって信じてる。だって私がこんなにまでも人を好きになるなんて、思いもしなかったから。もし、あなたが私にもっと近い人だったら、ずっと近くに居られる人だったら…」
直美さんは膝を抱えてうずくまってしまう。声が少しふるえていた。
泣いているのかもしれない。
「私、こんな性格で地味だし、年上だし、美人じゃないけど…」
「何言ってるんだよ。ものは言いようだろ? 直美さんの活発的で着飾らないところがたまらなく好きなんだ。年上ったて一歳しか変わらない。それに前にも言ったけど直美さんは美人だ」
俺は直美さんの肩に優しく手を置くと彼女は少し照れたように顔をあげて涙を指で拭いた。
「…まこと君…ありがと…えへ、私泣いてばかりだね」
なんとなく、二人とも恥ずかしくなって、また黙り込んでしまう。
波音を聞きながら、俺は自分に問う。
直美さんに対する気持ちは一夏だけで終わってしまう程度のものだったのか?
「直美さん、俺、こっちで暮らしても…」
「何、馬鹿な事を言ってるのよ。まこと君には学校があるでしょ? …まこと君。どんなに相手を想っていてもどんなに相手が愛おしくても、それだけじゃぁどうしようもならない事もあると思うの」
やっぱり一つでも年上は年上だな…。
俺は直美さんの言葉に自分の幼さを恥じた。
「私だってこんな事は考えたくないのよ。まこと君の彼女になってずっと側にいたい」
「やっぱり、遠く離れてしまえば想いは薄れてゆくのか…」
「そうね。これ以上、お互いを好きになっちゃいけないと思う。だから私、もうまこと君に会わないつもりだった。でも、私…」
「わかったよ。でもこれだけは覚えて置いてくれ。俺は絶対直美さんの事を忘れない。たとえ遠く離れようといつまでも…だから直美さんも、これを聴くたび思いだして欲しいんだ」
そう言って、俺は昼間買ったオルゴールを直美さんに手渡した。
「これを私に…」
「ああ。二人が出会った記念さ」
直美さんはそれを一度胸に握りしめるとケースをあけてゆっくりとねじを回す。
小さく優しいメロディが波音と調和して、はかなく美しい旋律を奏でる。
瞳を閉じて、耳を傾ける直美さん。
「…そういう事だったの。恵理香にはこれを買うのを手伝ってもらった訳ね」
「ああ。俺はあんまり女性の人とつき合ったことないから何を買おうか迷ってた。だからたまたま居合わせた恵理香ちゃんにアドバイスを受けたんだ」
「…まこと君」
直美さんはゆっくりと俺の肩に寄りかかると俺にそっと囁いた。
「今夜だけ…せめて今夜だけは私に恋人でいさせて…」
「…直美さん」
「まこと君…私、まこと君になにもあげられないけど…いいえ、ひとつだけまこと君にあげられるものがあるわ」
座ったままの俺を直美さんは中腰の姿勢で俺の肩に片手を置き、もう片方で俺の顔を自分の方に向けさせた。
そして…俺の唇にキスをした。
お互いの気持ちを語りきれない想いを込めた長いキスのあと直美さんはゆっくりと唇を離した。
「私のファーストキス…」
「直美さん…俺絶対忘れない。忘れるもんかっ!」
立ち上がり、俺は直美さんの身体をぎゅと抱き締めた。
俺の腕の中に小さな直美さんの熱い身体がある。
月明かりの影が揺れる誰もいない砂浜で俺達はいつまでもお互いをきつく抱き締め合っていた。
|