「三本松駅」に到着。
駅に降り立ち、改札を抜ける。
停留所にちょうどバスが来ていたので、俺は息つく暇もなく慌てて飛び乗った。
姉貴の住んでる家は、駅よりこのバスで15分ほどの所だ。
車内には海水浴客と地元の主婦がちらほらいるくらいで、ガランとしていた。田舎で、平日の昼間なんてこんなものだろうなんて思いながら、適当に座席に座った。
ふう、なんとか落ち着いたな。
おや、前の席に乗ってるのはさっき電車で俺に注意をした女の子じゃないか?
ショートカットで、ほっそりとした体つき、ラフなスタイル。
そうだ間違いない。地元の子だろうか?
流れていく景色を眺めながらいろいろ考えてるうちに「三本松海水浴場」バス停に着いた。
姉貴の家はここからさらに徒歩5分。
姉貴がファックスで送ってきた地図によると…こっちだな。
ありゃ? 前を歩いてるのはさっきの女の子じゃないかな?
俺から10メートルほど先にそれらしい人物が歩いている。
確か彼女は俺が降りる前のバス停で降りたはずだったが…まあ、それほど離れていなかったからいても不思議じゃないけどね。
なんだか縁があるな。…ま、関係ないか。
えっと、この先を右っと。
あ、あの子も右に曲がった。
この先を左。
あら、またまた左に…。やだな、なんか俺がつけているみたいだ。
う〜ん、そして白壁の家を左へ曲がると…。
「ちょっと、君、どうゆうつもりよ」
「わぁ! びっくりした」
角を曲がったその先で彼女が待ち伏せていた。やっぱり、電車の中で俺を注意した女の子だ。腰に手を当ててこちらを睨んでいる。
「私に何か用なの? つけてきたりして」
その声には明らかに非難のニュアンスがある。あちゃぁ、やっぱり誤解されてたみたいだぞ。
「つけてきたって…たまたま方向が同じだっただけだよ」
「そんな見え透いた嘘、信じられるもんですか。私になにかしようというつもり?」
完全にこっちを疑ってる彼女に俺も少しカチンと来た。
「あのさぁ、自意識過剰なのもいいけど、他人の事、勝手に決めつけないでくれ」
「じゃあ、何処へ行ってるのか言ってみなさいよ」
「ほら、ここだよ」
俺は彼女に地図を見せ、姉貴の家を指差す。怪訝そうにそれをのぞき込んだ彼女の表情が、地図を見たとたんに変わった。
「あれ? これって…なぁ〜んだ。それ、家の隣じゃない」
「ええ!?」
冷や汗なんぞ垂らしながら、誤魔化し笑いしている彼女と驚く俺。
「あ、そうそう。博子さん弟さんが来るって言ってたけどもしかして、その弟さん」
「そう。その弟さん」
「そうならそうと言ってくれればいいのに」
「…無茶言うなよ」
「あははは。誤解してごめん。まぁ、これも何かの縁じゃない? あたし飯野直美。よろしくね」
「俺は宇佐美まこと」
「まこと君っていうんだ。私の事は名前で呼んでよ。その方が親しめるし」
「あ、ああ」
なんだかんだ言って誤解していた事、誤魔化しやがったな。
なにはともあれ、彼女の案内で迷子になることなく姉貴の家までたどり着いた。
「さぁ、着いたわよ」
「やっぱ、いつ来ても広いな康太郎義兄さんの家は」
姉の嫁ぎ先の長谷川家は二階建ての瓦屋根、庭付きの立派な家である。
しかし、これはれっきとした姉の夫、長谷川康太郎のマイホームなのだからすごい。義兄はまだ20代半ば。田舎とはいえこの年齢で自費でこれほどの家を建てれる人はなかなかいないだろう。
う〜ん、庭なんて俺ン家より広いぞ。
「そりゃぁ、博子さんの旦那さんは、地元の名士の息子さんで、青年実業家ですもの」
康太郎さんはこの三本松町の発展多大な貢献した実業家の息子だ。よく二代目はダメだとかいわれるが、康太郎義兄さんの場合は別だ。三本松港ヨットマリーナの社長で、シーサイドパークの重役でもある。斬新なアイデアと努力を惜しまない姿勢でシーサイドパーク構想を発展させた実績が実力を示している。
「お? まこと。早いじゃないか。ちゃんと迷わず来られたみたいだな」
庭先で洗濯物を干していた姉貴が俺に気付いて声をかけて来た。
「おや? 一緒にいるのは直美ちゃんじゃないか。どうしたんだい?」
「こんにちは博子さん」
ぺこりと頭を下げる直美さん。姉貴が俺に説明しろと目で訴えてる。
「まあ…成り行きと言う訳で…」
「ちょっと来な、まこと」
姉貴は俺の耳を引っ張っると、庭の奥へ引っ張っていく。
直美さんから少し離れると、彼女には背を向けた形で俺を自分の方へ引き寄せた。
「いててっ…引っ張るなよ」
「まこと、ここに来る間にみっともないことしたんじゃないだろうな。まさか、こともあろうに私の知り合いをナンパしたとか」
「だから、違うって。ちょっと成り行きでここまで道案内してもらっただけだってば」
「本当だろうな…まあいい。あとで直美ちゃんに聞いてみれば分かる事だ」
「どうかした?」
そんな俺達を直美さんが怪訝そうに見る。
「すまない。弟が世話になったみたいだな。まあ、上がって麦茶でも飲んでいけよ」
姉貴は直美さんと俺を玄関から家の中へと招き入れた。あの独特の新築の家がもつ、木のいい匂いがする。
康太郎さんは今は仕事でいないみたいだ。姉貴の話によると昼に帰って来るらしい。
リビングに通された俺達は適当にソファーに腰掛け、お茶を入れに行った姉貴が戻って来るのを待った。
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