◆エピローグ◆
『半年後』
あの海での思い出から5ヶ月の月日が流れた。
季節はすっかり冬である。
そして、今日は12月24日。
そう、クリスマスイブである。
例年なら寂しさが増すだけの日だったけど、今年は違う。俺にはクリスマスイブを一緒に過ごしてくれる女性かいるんだ。
俺はある予備校の前で彼女が出てくるのを待った。現役の受験生向けの特別講義があるとかで彼女はそれを受講しているんだ。
時間はもう午後10時を回っている。
あれから俺達は思ったより上手く続いている。
デートらしいデートなんて出来なかったけど、登下校を一緒にしたり、図書館での勉強につきあったり、参考書を一緒に買いに行ったりと、極力、一緒にいる時間を作って来た。
それにこんな生真面目で地味な交際にも関わらず、俺達のお互いに対する気持ちは強くなるばかりだった。
「ああ! 宇佐美君、わざわざ迎えに来てくれなくてもよかったのに…。寒かったでしょ? ごめんね〜」
そう言って俺の冷えた両手を、彼女は両手で包み込む。その彼女の手をとても温かく感じた。
「いいって。勝手に迎えに来たのは俺の方だし…。あ、そうだ、メリークリスマス」
「え? …あ、メリークリスマス。そうよね。今日はクリスマスイブなのよね…なんか時間の感覚無くって…」
俺達は少し間の抜けたクリスマスの挨拶をする。
「それでどうだった? 今日、模試の結果が出たんだろう?」
「うん…。評価Bプラスだからなんとかなるかな?」
「大丈夫だよ。小野寺さん頑張ってるから。結果はきっと出るさ」
「うん。宇佐美君にそう言ってもらえると心強いな…。それで、宇佐美君は試験来月だっけ?」
「ああ。18日だったかな?まぁ、俺の方もやるだけはやってるから、大丈夫とは思うけど…」
「でもびっくりしたな。急に看護士になりたいとか言い出すんだから」
そう。俺は大学に進学するのを止めて、看護学校へ行く事にした。彼女の影響が多大にあるけど、目的もなく大学に行くより、なにかしっかりとした目標を持ってそれを目指した方がいいと考えたからだ。
「小野寺さんのおかげだよ。賢明に夢を追いかける君を見て、俺もなにかしたいって思ったんだ。君の話をいろいろ聞いてさ、俺も医療関係の職にいつのまにか興味もっててさ。だから看護士に挑戦してみようって思ったんだ。もちろん君の手助けになる様な事をしたいっていうのもあるけどね」
「将来、一緒に仕事が出来るようになればいいね」
「ああ。でも逆だよな…。男が医者で女が看護婦ていうのが普通なんだろうけどさ」
「女性ばっかりの職場だからって浮気しちゃ駄目よ」
そんな話をしながら俺達は家に向かって歩く。小さなクリスマスツリー、ケーキ。そして彼女へのクリスマスプレゼントが俺の部屋で帰りを待っている。こんな時間からだから、ゆっくりはできないけど、それでも二人だけのクリスマスパーティを俺達は諦めなかった。
少し前を歩いていた小野寺さんが急に立ち止まる。
「あ…雪…」
「え?」
俺は驚いて空を見上げる。
しかし、俺にはそれが確認できなかった。焦って周りをきょろきょろしてる俺に彼女は
「なぁんて、なればロマンチックなのにね」
舌をだして言う。その冗談に俺は少し怒ってみせる。
何気なくふたたび空を見上げた。そこには雲一つない星空が広がっている。
「でも、これはこれでロマンチックって思わない?」
そう言って俺に寄り添ってくる彼女。冬の澄んだ空気に瞬く星空は確かに綺麗だなと思った
「もう夏の日から半年近く過ぎちゃったんだね」
「ああ。あの海での出来事がなかったら、今きっとこうしていなかったんだよな」
「宇佐美君の言う事が正しかったね」
「何のことだい?」
「だから、恋人同士でいてもちゃんと夢は追えるって…。ううん、それどころか宇佐美君のおかげで頑張ってこれたんだと思う」
「それは謙遜だよ。いまの実力は小野寺さんが本来持っていたものさ」
「たとえそうだとしても、ここまでくじけずに頑張ってこれたのは宇佐美君が見守っていてくれたから…」
「そうかな?まぁ、少しでも力になれたのなら嬉しいよ」
「これからもよろしくね。宇佐美君」
そう言って笑顔を見せる小野寺さん。俺はそんな彼女の肩を抱いて再び歩き出した。飾りっ気もなにもない地味だけど暖かい時間。それが今の俺達には最高の贅沢で最高の幸せだった。
冬の澄んだ星空を見上げて、俺はあの夏の一週間を思い出す。
小野寺さんと過ごした海での事。朝焼けの中の告白、そしてキス。
あの思い出があればこそ、俺達の今がある。
最初で最後と思ったあの一週間の思い出。俺と小野寺さんとの二人のセレナーデ。その序曲に過ぎなかったのだ。
大切なその始まりとなったあの夏の日のを俺達は決して忘れる事はないだろう。
【HAPPY END】