「宇佐美君〜!」
俺を呼ぶ声がする。きっと小野寺さんだ。
俺は約束通り彼女と花火を見に行く為に待ち合わせ場所だった公園の噴水前で彼女を待っていたのだ。
辺りはもう暗くなりはじめていた。夕闇のどこかでつくつくぼうしが鳴いている。
「じゃぁん!」
両腕を広げて自分の格好を見せる小野寺さん。彼女は浴衣姿だった。
「お! 可愛いじゃん。浴衣なんて持ってるんだ」
「お母さんが昔、着ていたやつなの。もう着ないからってもらっちゃった」
えへへ…と照れ笑いする小野寺さん。
「言ってくれれば俺も着てきたのに」
俺の姿はTシャツにジーンズという風情もへったくれもない格好だった。
うむ〜、もう少し考えてくればよかったな。
「ごめんね〜。宇佐美君を驚かそうと思って…。そうだね。これじゃあ、ちぐはぐだもんね」
二人の格好を見比べて苦笑しながら小野寺さんは言う。
「いいよ。いいよ。俺は気にしないから。小野寺さんの浴衣姿、見られたんだからそれで十分さ」
「気に入ってくれた?」
「もちろん」
「よかった。喜んでもらえて。それじゃあ、行きましょ」
そう言って小野寺さんは腕を絡めて俺を引っ張っていった。
俺達の住んでる街の花火大会はけっこう近辺の市町村では有名なものだ。だから人出は半端じゃない。
花火は街を流れる大きな川の河畔で打ち上げられのだが、毎年、その対岸にある会場にはかなり多くの見物客でごったがえしていた。
そんな人混みを避ける為、俺達のような地元の人間は大会会場まで行かず、それぞれの見晴らしのいい高台や建物の屋上などで見物する。
俺達も会場まで行かず、近くの小高い丘の上の公園にやって来ている。
ここは地元の人間しか知らない花火の絶好の見物場所だ。俺達の他にもけっこう人はいたが、大会会場のそれにくらべれば遙かにマシだ。
花火の上がる方向の一番前、フェンス前のいいポジションを俺達は見つけて始まるのを待つ。
彼女はいつの間に貰って来たのか、花火のプログラムの書いてあるチラシと無料で配られるうちわを持っていた。
それを扇ぎ、涼しそうな顔をする。
「宇佐美君も扇いであげようか?」
そう言って、俺の顔に向けてうちわを扇いでくれる小野寺さん。
う〜ん、なんか幸せ…。
彼女は気持ちよさそうにしている俺の顔を見てクスッと笑った。
俺はこのまま時が止まってしまえばいいのにと、半ば本気で思う。
ヒルルルル〜、バ−ン!!
光と、一瞬遅れの大きな音に空を仰げば大輪の光の輪が、そこに咲いていた。
いよいよ始まったのだ。
次から次へと打ち上げられる花火。
咲いては散り、散っては咲く光の芸術。
その光景を言葉も無く見上げる俺達。
そのうち小野寺さんは俺に身を寄せてきた。腕を絡ませ俺の肩に頭を付けて花火を見上げている。
俺は横目でチラリと彼女の顔を見る。花火の光に照らし出された彼女の瞳に涙が光ったように見えたのは気のせいなのだろうか?
俺達はそのままお互い無言で花火を見ていた。
ババババババババーン!!!
今までにないほどの連発花火が夜空を染めて、今年の花火大会は終わった。花火は来年もあるだろうけど、二人で見る事はないだろう。
最初で最後か…。
花火の終わった後ってこんなに静かに感じるものなんだと俺はその時はじめて知った気がした。
周りの人たちが去り、空が夜の静けさに戻っても、俺達はその場を動かなかった。うつむく彼女の表情からはなにも読みとることはできないが、きっと俺と同じで、せつなさで胸がいっぱいなんだろう。
でも、いつまでもこうしている訳にはいかない。
「じゃあ、帰ろうか…」
俺がポツリとそう言うと小野寺さんはただうなずいた。