◆7月21日<夜>◆
『長谷川家での夕食』
「それで、本当の所はどうなんだい? まこと」
「え? …な、なんのことだよ?」
俺と姉貴、そして康太郎義兄さん。
3人で食卓を囲みながら夕食をとっていた時、不意に姉貴が言って来た。
「昼間のあの娘の事だ」
「だから〜クラスメイトだって」
「それは分かってる。おまえの気持ちだよ。特別な感情を抱いてるんじゃないのか、彼女に」
「……」
「ま、図星だな」
「ち、違う」
「おいおい。わたしの前で嘘は通用しないぞ。それくらいお前の態度みてりゃぁ、分かるって」
「関係ないだろ姉貴には」
「もちろんそうさ。別にとやかく言う気はないさ。恋愛でもなんでも精一杯すればいい。ただな、相手が悪いんじゃないのかと思って」
すました顔をして言う姉貴に俺はカチンと来た。
「うるさい。どうせ俺と小野寺さんとじゃ釣り合わないさ。そんなこととやかく言われなくてもわかってるぜ」
驚いた顔で俺を見る姉貴。
あれ?
俺、変な事言ったか?
しばし間をおいて、疑問が解けたのか、姉貴が納得したような顔をする。
「勘違いするなよ。わたしが言ってるのは岸田弘の事だ。あいつは恋敵としては強敵だぞ。それにお前の友達でもあるしな」
なんだ弘の事か。
あれ?そう言えば…。
「姉貴、あいつの事知っているような素振りだったけど、きちんと紹介した事あったけ?」
「あ…ああ、あれは…ちょっとな」
姉貴には珍しく言葉を濁している。
それに、ちらちら向かいで食事する康太郎義兄さんの方を伺いながら言う姉貴。当の本人は興味深そうに俺達の会話を黙って聞いている。
なんなんだ。気になるぞ。
「なに隠してるんだ姉貴」
「いや…なに、わたしも、あいつに声かけられた事があって」
「な、なにぃ!」
俺は思わず持っていた箸を落としてしまう。
「大学の帰りに駅で声をかけられた。お前の友達って事で顔は知っていたから、そのままお茶したんだ。その後も何回かお茶してな。でもさすがにつきあってくれと言われたときには断ったさ」
な、なんてヤツだ…。
友達の姉に手を出すなんて。
それに俺はちっとも知らなかったぞ。
くそぅ、だから姉貴の話が出たときに「苦手だ」とか言ってたんだな。
でも、あいつよく姉貴になんて声かける気になったなぁ。
まぁ見た目だけは美人だから騙されたんだろうけど…。
馬鹿な奴だ。どういう断り方されたのか聞いてみたい気がする。そう考えたら少しは気が晴れた。
「まあ、そういう事だ。行動力という意味ではお前は足元にも及ばないだろう。それに奴は彼女の幼なじみだ。お前に勝算はないかもな」
「うるさいな。それこそ言われなくてもわかってるさ」
「でも…いいんじゃないか? そんな事気にしなくても」
「な、なんだよ。そこまで突き放しておいて慰める気かよ」
「やっぱり気にしていたんだな? いいか? 恋愛感情とか人間関係なんて言うのは複数で考えるから複雑に思えて来るんだ。でも大切なのは一対一の関係だけなんだ。弘や他の奴の事なんか考慮に入れないで彼女とお前だけの関係で考えてみろ」
「そりゃぁ、少なくとも嫌われていないけど…明日も会う約束をしたし…」
「なんだそりゃ。それじゃあ、お前…」
「いや、もちろん弘のヤツも一緒だけどさ。所詮、俺は幼なじみの友達っていう程度しかないんだよ」
「相変わらず消極的だな。たとえ今がそうでも将来どうなるか分からないだろう?それに幼なじみの友達だという事に託けてお前に会いたがってるって事も考えられるしな」
「それは楽観的過ぎるよ」
「なんにしろはっきりさせたらどうだ。せっかくの機会だから」
「簡単に言うなよ…」
「まあ、いいさ。お前の好きにすれば。でも、おかげてこちらの予定が狂いそうだな」
姉貴は康太郎義兄さんの方に顔を向けてそう言った。
なんだ? こちらの予定って…なんか嫌な予感するな…。
「仕方ないよ。あの約束は、まこと君の手が空いてるならって条件だからさ。次に機会はいくらでもあるよ。無理に今行くことないと思うよ」
「あ〜あ、残念だ。楽しみにしていたのになぁ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何の話だ」
俺は思わず夫婦の会話に割り込んだ。
「ほら、わたしたち新婚旅行に行ってないだろ?だからだよ」
「何がだからなんだ?…まさか俺を置いて旅行に行く気だったんじゃぁ」
「いやな、康太郎が今やっている仕事の事について大切な連絡がはいるかもって言っていたんだ。それに最近、この近所、空き巣が多いしな」
ああああ…そんな事じゃないかって思ったんだ。
「だからせめて留守番をしてくれる人間がいれば、安心して行けるからと言うことで、お前を呼んだんだが…」
「な、何が悲しくて大切な夏休み、他人の家の留守番を押しつけられなくちゃいけないんだ。それに何が家にばかりいないで外にでろだよ。連絡待ちじゃぁ外になんて行けないじゃんかっ!」
「だから旅行は取りやめるよ。この様子じゃぁ、お前、ずっと家にいてくれそうもないからな」
「当たり前だろ」
俺は思わず大きなため息をついた。
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