◆7月27日<朝>◆
『海を去る日』
とうとう俺が家に帰る日がやって来た。姉貴達に別れを告げてバス停でバスを待つ。
振り返れば長いようで短い旅行だった。楽しい事もあったし辛く悲しい事もあった。しかし今回の旅行は俺の今までの人生の中でもっとも輝いていた一週間だったのかもしれない。
「まこと…」
振り向くと、姉貴がゆっくりと俺の方に歩いて来る。
「姉貴、なんだよ、俺なにか忘れ物でもしたっけ?」
「美鈴ちゃんの事、優紀から聞いたよ」
「姉貴、優紀さんに会ったんだ」
俺はバス停から見える海を見つめた。この海でのいろいろな思い出が浮かんでは消えていった。
「なぁ、まこと。美鈴ちゃんの事、悔やんでるのか?」
「え?…まあ、仕方ないさ。あいつのいたたまれない気持ち、なんかわかる気がするんだ。まぁ、俺は結局、何もしてあげれなかったけど」
「大丈夫だまこと。美鈴ちゃんにお前は十分、してやったんだ。彼女だって日本でいい思い出が作れてフランスへ発てた事、喜んでるさ。それでいいんじゃないか?人が人にしてあげれる事って、そんなにあるもんじゃないんだ」
「姉貴…」
「まこと。今お前が美鈴ちゃんにしてあげれることは、この夏の思い出を大切にして、いつまでも綾部美鈴って女の子を忘れずにいてやることだ。それだけでもいいんだ」
俺は、姉貴の言葉に耳を傾けながら、青々とした澄んだ夏の空を見上げた。
今頃、美鈴は飛行機の中で、海を見下ろしているかもしれない。美鈴は今、何を想っているのだろうか?
そうだよ。美鈴がふと日本での生活を振り返った時に、嫌な思い出ばかりだったらどんな気持ちがするだろう。解り合えたこの夏の思い出が美鈴の心の救いになるのなら,それで良かったんじゃないかと思える。
俺たちがこの海で出会ったことは無駄じゃなかったはずだ。
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