俺は夜道を一人、姉貴の家までの帰路を歩く。
今になって考えてみると、とんでもないことをしてしまったのではないだろうか。
馬鹿息子ながら権力者の息子を殴ったのだ。しかも美鈴の親父にも睨まれるだろうし…クソッ!康太郎兄さんに迷惑がかかってしまう。
重い気持ちを引きずりながら、姉貴の家の玄関を開けた。
「どこをふらついていた!こんな遅くまで…って、あんた怪我をしてるじゃない」
「姉貴…」
「服もびしょ濡れで…早く上がりなさい」
玄関の踊り場から家へ引き上げようとした姉貴の手をふりほどき、ただ俺は姉貴に聞いた。
「康太郎義兄さん…いる?」
「博子? どうしたんだ?」
ちょうど康太郎義兄さんが奥の部屋から出てきた。
「康太郎さん! ごめん!! 俺…俺、取り返しのつかない事を」
「え?」
俺は玄関に土下座をして康太郎兄さんに詫びた。
ただ驚いて俺を見る姉貴と康太郎義兄さんに頭を深く下げた。
俺にはこれしか謝り方をしらない。とにかく謝らなきゃ。
「俺、もし康太郎兄さん達に迷惑をかけるような事があったら、家を出ていくから。家族の縁を切ってもいいから…俺…」
いつの間にか涙が止めどなく流れ出た。鼻の頭から玄関のタイルに涙が落ちていくのが見える。
自分がやったことで自分が危害を加えられるのはまだいい。しかし、家族や知り合いが傷つけられるのは絶対に嫌だ。
「ちょっと、ちょっと、まこと君、何があったか知らないけど、とにかく上がって、風呂に入って、傷の手当をしてから話そう」
「はい…」
康太郎義兄さんは優しくそう言うと俺の肩を持って立ち上がらせた。
俺は風呂に入って血と雨と汚れを洗い流し、冷えた身体を温めてた。お湯に傷が浸みたけど、それどころではなかった。
風呂からあがって服を着ると、姉貴に呼ばれリビングに行く。姉貴は救急箱を取り出すと黙って俺の傷の手当を始めた。
「何があった? 私に話せるよな」
「あ…うん」
俺は別荘での出来事を最後まで隠さず話した。
「よし、終わり!」
姉貴は湿布を張った頬を軽くたたいた。
「痛ッッ、痛いよ姉貴…」
「まこともたいしたもんだ。男だね〜。恐れいったよ。わたしはめずらしく弟を褒めてやりたいが、どう思う康太郎?」
「ああ、さすが博子の弟だけあって肝が座ってる。僕もまこと君がガツンとやるところ見たかったな」
意外な意見に俺は目を白黒させた。
「でも、康太郎さんに迷惑が…」
「大丈夫だって。賢い人なら子供のわがままで自分の利益を損なうような馬鹿な真似はしないものだよ。仮に僕に危害を加えようとしても、負けないだけの自信はあるぞ、あんまり過小評価しないでくれよ、まこと君。なにせ、強者の君のお姉さんを口説き落とせた男だからね僕は」
「強者ってどういうことだ…まあいい。私たちについては心配するようなことはない。それより、その美鈴ちゃんをしっかりとまことが支えてやんな。それが今のまことにとって大切なことだぞ」
「ありがとう…康太郎さん…姉貴……」
俺は家族がこんなにありがたく思ったことはなかった。
姉貴や康太郎義兄さん。両親に友達…俺には多くの愛情に囲まれて暮らしている。
俺は傷ついてもこうやって許し、暖かく迎えてくれる人たちがいる。
でも、美鈴は…美鈴は今頃一人で泣いているのだろうか?
辛いことがあっても一人で我慢して一人で悩んでいたのだろうか?
美鈴はあの小さな身体で細い肩をふるわせて悲しみに耐えて来たのだろうか?