■美鈴編■
2日目【7月22日】


 
 
「今日の昼間の事か?」
「ちょっと、座っていいなんて言ってないでしょ」

 俺が美鈴の言うことを無視して隣に腰掛けると、美鈴はこちらを振り向いて文句を言った。
 だが俺は不思議と言い返そうという気にはなれなかった。

「美鈴、本当は悩んでるんだろ? 俺に話してみろよ」
「うるさいわね。あんたに話す事なんてなにもないわよ」

 突き放すようにそう言うと、今度は顔を伏せて黙り込む。
 俺は急に美鈴をこのまま放っておけないという気持ちになった。

「俺って、そんなに頼りないか? 話を聞かせる価値もない男か?」

 俺の言葉に、美鈴は顔を上げ俺の方をまじまじと見る。
 きっと俺が本気で言っているかどうかを窺ってるのだろう。
 もちろんこんな状況で彼女をからかう気などない。

「そ、そんな事ないけど…でも、あんたに話してなんになるって言うのよ」
「う〜ん、まぁ、解決法にはならないけどな」
「そうよ」
「でも、少しは美鈴の気持ちはすっきりすると思うぜ。それだけでも話す価値はあると思うけど、違うか?」

 美鈴は少し考え込むと、顔を上げて深いため息をつくとポツリポツリと話し出した。

「あのね、今回の件、正直言うとけっこうまいっちゃったてる、あたし」
「それはそうだろう。気にしないでいられる訳がないさ」
「それで、いろいろと考えちゃったのよ。あんたに今まで言われた事も含めてね」
「なにを考えたんだ?」
「本当は分かっていたのよ。あいつらが私を利用しているだけだって事は。だからこんな結果になる事もわかっていた。わかっていて止めれなかった。結局ね、私自身が一番悪いの。あいつらが私を利用しているて分かっていて、私もあいつらを利用していた。あいつらの言うように、自業自得よ」
「……」

「あたしさ、自棄になってるんだと思う。私は帰国子女で、しかもお嬢様っていう事で周りの人間から距離をおかれてきた。ずっとね。他人はその肩書きを通してしか私を見ないし、誰も本当のあたしを見ようとしてくれない。でも、その事を一番気にしていたのは、一番本当のあたしを見ようとしなかったのは、あたし自身じゃないかって、そう思ったの」
「そうかもな」

「うん。いままでのあたしって、他にもいろいろあったし、自棄になってて、考え無しに行動してたかもしれない。それで余計に他人が遠のいていくのじゃないのかって思うの。あんたが言うように、他人があたしを避ける以上にあたしが他人を避けていたんじゃないのかって」

「なんだ。美鈴、そこまで解っているんなら立派じゃん。何をそんなに悩む事がある。素直になればいいだけの事じゃん」
「それが難しいから悩んでるんじゃない。今までの習慣をそう簡単に変えられる訳ないでしょ?」
「ははは、それもそうか。そうだよな、少しづつでいいから素直に生きていけるように、頑張ってみればいいじゃん。俺も応援するからさ」
「ば、馬鹿男に励まされも嬉しくなんかないわよ。あ…」

 とっさに言い返した美鈴は口を押さえて、その後の言葉を飲み込む。

「言ってる側から…まあいいや。どうだ?少しは気が楽になったか?」
「ま、まぁね…あっと、もうこんな時間、それじゃ、私、帰るから」

 美鈴は誤魔化すようにお尻に付いた砂を手で払い除けながら、立ち上がる。

「送っていかなくていいか?」
「大丈夫よ。私、車で来てるから。じゃあ」

 なるほど、優紀さんを待たせている訳だな。
 一人でここに座り込んでいてもしょうがないので、美鈴に続いて俺も立ち上がる。
 そして彼女とは反対方向へ歩き出した。

「じゃあな」
「あの…宇佐美」

 美鈴が急に立ち止まって振り返る。

「ん?なんだ」

 俺も彼女の方を見て言葉を待った。

「…な、なんでもない。それじゃ」

 何かを言おうとして、彼女は口を噤んだ。それを怪訝に思いつつも、俺達はそこで別れた。
 なんだ、美鈴の奴、ちゃんとわかっているんじゃないか。
 なんか少し見直したな…。さてと、もう遅いし、俺も帰ろう。