■真澄編■
2日目【7月22日】


 
 

◆7月22日<昼>◆
『浜辺で焼き肉』


 


「そろそろ、始めよっか? 俊治」
「焼き肉だね」

 そう言うと、俊治さんは車から携帯用のコンロを持ってきた。小さなドラム缶を半分に切ったみたいなやつだ。

「へぇ、海で焼き肉なんて初めてですよ」
「そうなんだ。でも、みんなよくやってるよね」

 確かに、辺りを見渡せば大人数のグループは焼き肉やバーベキューなどを楽しんでいる。

「ほら、宇佐美君も手伝って」

 そう言って火付けの為の固形燃料とライターを投げて渡された。

「え?」
「木炭はそっちにあるから、火をつけといてね」
「俺、やったことないですよ」
「大丈夫、箱に書いてある説明通りすれば簡単簡単。わたしたちはお肉とかの準備をするから」

 そう言って真澄ちゃんと俊治さんを連れて駐車場の方へ行く由希子さん。
 俺は一人寂しくコンロの前で火付けに挑戦した。
 う〜ん、なかなか難しい。
 本当にこの黒い固まりに火が通るんだろうか?なんて思いながらも、なんとか火を付けることが出来た。

「おお! いい匂い」

 俊治さんが鼻をひくひくさせながら言った。肉が焼けてきたのだ。
 それにしても由希子さん、意外と手際が良い。俺は思わず見とれてしまう。

「なによ。宇佐美君。そんなにめずらしい?」
「いや、なんか手慣れてるなって思って」
「そう? まぁ、あたしも伊達に調理の専門学校に行ってる訳じゃないからね」
「そうなんですか」
「あはは! なに真剣に聞いてるの? こんな焼き肉程度の事に腕の善し悪しなんて関係ないでしょ。それにあんたたちもあたしにばかりやらせないで、どんどん焼く焼く!」

 おかしそうに笑う由希子さん。
 でも、やっぱり俺達素人が焼くのと何処か違うような気がする。
 そうか、由希子さん調理師目指してるのかあ。

 う〜ん、やっぱ景色が違うせいか、肉の味も家で食べるのとは違う気がするなぁ。
 暑い中、熱いものを食べるのはどうかな?って思ったけど意外にいいじゃないか。

「宇佐美くぅん、食べてるぅ?」
「ええ、もちろ…げげ、由希子さんいつの間にビールなんて」
「別に、いいでしょ。あたし、もう二十歳だしぃ」
「ちょ、ちょっと、由希子さん」

 由希子さんは俺の腕にしがみついて来る。
 ちょっと、ちょっと、ちょっと、そんなに胸を押しつけないでくれ〜。
 しかも、水着姿だぜ…。
 俺は理性が吹っ飛びそうなのを押さえるのに必死だった。
 あう〜、俊治さんがものすごく不機嫌そうな顔で睨んでるよ。

「ちょっと!! 由希子姉さん、何やってるの!? 失礼でしょ! 宇佐美先輩から離れてよ」

 真澄ちゃんが早口でそう言うと由希子さんを俺から引き離した。しかし、ふたたび俺に抱きついてくる。

「失礼とは失礼ね。私みたいな美人に言い寄られて嫌な訳ないでしょ? ねぇ、宇佐美君」

 そんな事言われましても…。
 俺は笑って誤魔化したが、真澄ちゃんの顔が険悪な表情に変わる。

「はは〜ん。真澄、妬いてるんだ」
「馬鹿言わないで! そんなんじゃ…」
「宇佐美君、馬鹿言わないでだって。真澄の方こそ失礼よね〜」
「ち、違います。別にそう言う意味で言ったんじゃ」

 慌てて弁解する真澄ちゃん。

「じゃぁ、どういう意味で言ったの?」
「……」

 真澄ちゃんは言い返せず俯いてしまう。

「由希子、いいかげんにしろよ」

 今まで黙って見ていた俊治さんが割り込んでくる。

「あ〜ら、むっつりスケベが何言ってるの?」
「な、なんだよ、それは」

 由希子さんにジト目で見られて少し怯む俊治さん。

「俊治ってば、さっきはいろいろ触ってくれたわね」
「あの罰ゲームを決めたのはお前だろ?」
「それは、それ。触ったのは事実だしぃ〜」
「それを言うなら彼だって同じじゃないか」

 俺の方を指さして言う俊治さん。
 な、なんで俺にとばっちりが…。

「宇佐美君はいいのよ。堂々だったから」

 そりゃどういう意味だ。

「あんたの場合、触らないふりをしてこそっとだから嫌らしいのよ。スケベは許せるけどむっつりは嫌いなのよね、あたし」
「お前こそなんだよ。他の男にべたついて。この淫乱女」
「何ですって〜! あんたそこまで言うなら覚悟はできてるでしょうね」

 急に声音を変えて俊治さんを睨む由希子さん。

「な、なんだよ…」
「あんたとの仲も今日までって事!」

 立ち上がってそっぽ向いて由希子さんが言うと、見ていて可哀想なくらいに俊治さんの顔が青ざめた。

「…ご、ごめん、俺が言い過ぎた。悪かった」

 膝をつき土下座して平謝りする俊治さん。
 あちゃぁ、こりゃ完全に尻に敷かれてるわ。

「じゃあ、デザートを奢ってくれたら許してあげる」

 あくまで顔は怒ったまま、それでも横目で俊治さんの反応を伺いながら言う由希子さん。

「わ、わかったよ。なら、ビジターセンターのカフェテラスでいいだろ?」 
「いいわ。真澄、そういう事だからあとはよろしくね」

 俊治さんの返事に勝ち誇ったような笑顔を見せた後、俺達の方を振り向いて言った。

「え?そんなぁ! またあたし達が後かたづけ?」

 真澄ちゃんが不平をいうと由希子さんは心外だというような顔をした。

「当然でしょ? わたし達は準備もしたし、料理もしたのよ。それくらいやってくれたっていいでしょ?」
「でも…」

 なかなか引き下がらない真澄ちゃんに少しむっとした顔になる由希子さん。

「それに、このお肉とか木炭はあたし達がお金出したの。スポンサーの指示には従ってもらわないとね」
「あたし達なんて嘘ばっかり。全部俊治さんに出させてるくせに…」

 オホン! と咳払い一つで受け流す由希子さん。

「じゃぁ、あたしたち行くからね。それじゃ、よろしくぅ〜」

 そう言うと俊治さんを引き連れてビジターセンターの方へ行ってしまった。