プロローグ(3)

 
 
 「おはよっ! 入り口で何立ち話してるの?」

 突然、後ろから声をかけられて、俺と弘は振り向く。
 そこには一人の女子生徒が立っていた。
 小野寺美和。長身のスラリとした女の子。ストレートの見事な黒髪が印象的な娘である。

 「ヘイ、ハニー! この夏は俺と一緒にアバンチュールをエンジョイしないかい?」

 突然弘が彼女に声をかける。

 「嬉しいわダーリン。あなたと一緒に熱いサマーデイスを送れるなんて、べりぃはっぴぃ〜」
 「……」
 「ってな具合にやる訳だ」
 「阿呆か? お前は」

 ジト目で彼らを見る俺。この二人は仲のいい幼なじみ同士。時々彼らのノリにはついていけない時がある。反面、少しうらやましかったりもする。まぁ弘があんな性格だから恋人という訳ではないのだが、お互い、本心はどう思っているのやら…。

 実は,小野寺さんって俺にとってはけっこう気になる存在だったりする。
 彼女の事が好き…なのかな?
 本人は気付いていないかもしれないが、彼女は男子生徒には絶大的な人気がある。

 日本人形を思わせる黒髪の美しさ、肌のつややかさでは他の女性徒に比べ抜きにでているし、性格も明るく活発的。それでいて着飾っているような感じをさせない、自然のままでもサマになっている。
 人見知りをしない性格の上、人当たりもよく、女性徒や教師などからも好かれている。

 そんな娘だから、俺が今、彼女に抱いてる感情は恋愛感情とかいうものではなくて、ただの憧れなのかもしれない。だからいまいち自分の気持ちの持ち方を決めかねているのだ。
 彼女と仲良くなれたのは今のクラスになってからで、以前は弘を介したただの知り合い程度でしかなかった。…まあ、今もそれほど親しいって訳ではないケド。 

 「それで? なにしてるわけ?」
 「コイツが夏休み一人で海に行くって言うんで、パートナー探しの練習」
 「一人でってどういう事?」

 よく分からないと眉を潜める小野寺さん。

 「おい、変に誤解されるような言い方するなよ。ただ夏休み、ウチに親がいないんで海の近くにある姉貴の家に泊まりに行くだけだぜ。海が目的じゃない」
 「ふ〜ん。でも、ひとりなんだ。せっかく海の近くに行くんだし、泳ぎに行かないのも、なんかもったいないね。じゃあ、私も一緒についていってあげようか?」 

 なに気ない感じで、そんな事を言う小野寺さん。

 「え? …あ。あのねぇ」
 「そうすれば、わざわざ相手をさがさなくていいでしょ? ひょっとして私じゃ駄目?」

 なぜそうなる。
 彼女は時々こうやって思わせぶりな事を言って俺をからかう。まったく、これは絶対弘の影響だぞ。

 「そういう事じゃなくてさ…」
 「おいおい、美和。からかうのもそのくらいにしておけよ。コイツ純情君だから本気にするぜ」
 「アハ、ごめんごめん」
 「う。…少し、傷ついたぞ」
 「あ〜ん、ホントごめんね。ほら、泣かない泣かない」

 そう言って、俺の頭をなでなでする小野寺さん。なんか馬鹿らしくなってきて怒る気もなくなった。

 「お知らせ致します。終業式がおこなわれますので全校生徒は体育館にお集まり下さい。繰り返します……」

 おっと、もうそんな時間か。
 見渡すと、他のクラスメイト達は廊下に並び始めていた。

 「さぁ〜て、夏休みへの最後の難関へ行きますか」

 弘はそう言うとさっさと廊下へ出て行く。俺も慌てて鞄を自分の机の上に放り投げると廊下に出ようとした。そこで同じように机に鞄を置いた小野寺さんに呼び止められる。

 「ねぇ、海ってどこの海に行くの?」
 「え〜っと、天乃白浜っていうところ」
 「ふ〜ん」

 意味ありげにうなずいて小野寺さんは廊下へ行った。まさかついてくると言うのは本気とか…なに馬鹿な事考えているんだ俺は! やっぱり俺って彼女の事、意識しているのだろうか?