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映画 人生の特等席
クリントイーストウッドが82才にして出演した映画「人生の特等席」を見ました。一言で言えば、父親と娘の反目を描いた映画です。先の映画「グラントリノ」で、イーストウッドは、この映画の中で死んでおしまいにしたかったと語っていましたから、もう映画出演はないかと思っていましたので、楽しみでもありました。トシを取ってもトシを越えて活躍し、しかも知能と肉体に衰えを感じさせない姿勢に、日常の精進と鍛錬がしのばれます。このような彼の生き方には、いつも驚異と畏敬の念を感じさせられます。

今回も物語の上では多分60才をこえるかどうかという役柄設定なのでしょうが、無理が無く、実年齢82才を感じさせることがありませんでした。安ビリヤードの店で、娘に近づいた土地のチンピラを一瞬で締め上げ、ビール瓶を割って首に突きつけるという芸当を違和感なくやってのけました。これぞアメリカの男、といった感じが良く出ていました。下卑た台詞もなかなかの迫力です。

妻を早くになくし、残された6才の娘をどうやって育てたらいいのかが分からず、親戚に娘を預け、自分の元で育てなかったという父親の負い目と、父親に捨てられたのだと思いながら成長した娘の思いが、重なり合うことがなく、近づいては遠ざかり、合いそうで合わない、そんな関係を、自力で弁護士になった優秀な娘と、プロ野球のチーム専属のスカウトとして一流と言われた父親の、相容れぬ思いが、激しい台詞になって画面を行き交います。

父親はトシを取って眼がきかなくなってきますが、それを受け入れたくありません、病院に連れて行こうとする娘は、父親を心配しながらも、ついつい小さい頃の恨みつらみをぶつけてしまいます。そしてお定まりの口喧嘩が始まります。家族はどこでもいっしょですね。もう一言突っ込めばいいのに、それが出来ない、そんなもどかしさを感じさせながら、お話は展開していきます。

ドラフト会議で 一人の選手を取るか、取らないか、コンピュータのデータと老いたスカウトの眼力との勝負はいったいどうなるのか、、最後になって引き込まれるシーンが多くなる映画です。

アメリカの田舎の美しい風景、父親の頑固さを象徴するかのような大型のアメリカ車、お互いの欠点を知りつつ認め合ってきた長年の友情、これらを絡めながらの展開は、まるでアメリカが、古き良き時代に戻ったような錯覚を起こさせるものでした。背景描写も細かく行き届き、秀逸な出来映えでした。ただ、野球に興味のないむきには、いささか退屈かもしれません。

「お父さんと野球場で座っていた席は、三等席なんかではなくて、私にとっては特等席だった」という娘の台詞が、この映画の総てを物語るようでした。血がつながっていると言うことは、一時の感情などで切って捨てることなど出来ない、何とも厄介な代物なのだと思わされました。親子の絆という視点から見たら、平凡な展開とも言えるのでしょうが、たたみかけるようなラストへの展開、孤独な老人のやり場のない哀しみ、、上手く描写していると思います。やはりこれは今年の秀作といえるのでしょう。(2012.12.13.)
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