ホームトップ> エッセイ> 底に置く壺

底に置く壺


前夜の雨は霰になり、霙になり、そして雪になった。急に雲が切れ、束の間の晴れ間を覗かせたりはするものの、灰色の低い雲は急速に覆いかぶさって広がり、冷たい風が吹き、降りだした雪はひとひらの雪から大きな重いボタン雪になってあおられながら舞い落ちてくる。

こんな日を田舎では「雪荒れ」と言った。晩秋の青い空に別れを告げ、熊も冬眠をはじめるという「大雪」(タイセツ)の日になって、今年は暦どおりに雪が降った。雪国はこの頃から閉ざされた長い冬の空をいやおうなしに受け入れねばならない。

僧侶の読経の声も、降りかかる霙を嫌って小さくなり、そそくさと墓の蓋は閉じられた。骨の壷は寒く冷たい墓の底に7つ、新しい壷は居場所があるのだろうか。ひとしきり激しくなった風雪に故人の叫びを聴いたような気がした。

冷たい風が襟足に吹きつけて、思わず身が震えた。納骨の儀はなんでこんなに寂しいのだろう、、「寂光土」と彫られた石に手向ける花もまた雪と雨に頭を垂れ、線香の煙は風に散らされてすぐに飛び去って消える。

全ては「無」になって、生きていた証しは、故人を知る人が語るだけになり、それもいつかは絶える。生まれた時に貰ってきた命は、夫々に長かったり、短かかったりして、いかにも不公平に思えるが、ながらえることが幸せとは言い切れない。

老父のように、90才を越えてから、息子に先に逝かれるという不幸は、自身の長寿を呪いたい思いがあろう。人の幸福は長さで計ることは出来ない。

弟はきっと充分に楽しい時を持ち、家族との絆をしっかりと結び、存分に満ち足りた思いで与えられた時間を使いきったのだろう、決して不運ではなかったのだろう、そう思いたい自分がそこにいた。

ぽっかりとのぞいた青い空から洩れ落ちた光は、一瞬のうちにかき消され、横なぐりの風は着物の裾を舞い上げ、香の煙を四方に散らしながら、霙雪とともにひとしきり吼えた。それは、暗い底に置かれた真新しい壷がたてるあがきの音のようにも思えた。 (2008.12.09
.)





 ホームトップ> エッセイ  浜松雑記帳  花の記録  旅の記録 料理とワイン