本文へジャンプホームトップエッセイ立春の頃

立春の頃(佐鳴湖周辺

春は節分とともに賑やかしくやってきます。

「福は内!鬼は外!エビス大黒、福の神!!」(亡くなった母は、そう言って豆を撒いていました)

他の季節にもみんな節分はあるのでしょうが、立春の前の節分だけが今の時代に生き残ったのは、やはり「春」への特別な期待があるからかもしれません。

立春が来ると不思議なことに、暦と歩調を合わせるかのように春の足音は高くなって、人々の耳にも、目にもはっきりとわかるようになってきます。

昨日までの雪や雨もからりとあがり、まばゆい陽の光が差してきた朝のマリーナでは、エンジンの音も軽やかに小船が水面を揺らしながら出ていきます。

小さな庭に降り注ぐ光のレースは、真珠のような粒になってキラキラと輝き淡い円い影をつくり、その光の輪が寒さにくたびれた窓辺のシクラメンをいたわるように包んでゆれゆれていました。

浜名湖は、空っ風に逆立った波が、突き刺すような三角の白目をむいていた昨日とはうってかわって、さざなみが煌きながら楽しげに湖面を駆け回っていました。とんがった寒風に逆らって吼え、荒れていた水面が別のもののように穏やかにたゆとうています。

佐鳴湖の岸辺では枝がガサガサと騒ぎ、リスもその大きな尻尾を振りたてながら木登りをはじめていました。いつも遠くに頭が見える富士山は、春の光がまばゆ過ぎるせいでしょうか、山際で湧きあがる白い雲の帽子を目深にかぶって、今日は顔をかくしていました。

水鳥は円陣を作って朝のお食事中です。小魚が群れているのでしょう、ギャアギャアと喚きながら沢山の鳥たちがマイマイしています。これでは持参したパンくずを、しばらくは食べに来てくれないでしょう。活きのいいナマの方がいいのは鳥も人間も同じですよね(笑)

時には寒の戻りを繰り返しながら、それでも季節は移り変わっていきます。西風が心なしか東に回り、人も自然も少し穏やかになるからでしょうか、湖はひなたで寝そべっている猫の背中のように円くツヤツヤと光って見えて、柔らかく風に揺れ、ぬくぬくとした温かみさえ感じられるようでした。

岸辺の店で覗き込んだ桶の中では、丸々と太った車海老が、ぬめぬめと縞模様も鮮やかに桶の底を這い回っていて、春の初お目見えです。夕餉の献立もこれで決まって、静かで何事もなしの、光溢れる穏やかな立春の一日でした。
 (2008.2.04)

    

ホームトップエッセイ目次 浜松雑記帳 花の記録 旅の記録 料理とワイン