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62才のタキシード      


その小さなホテルのパーキングはいっぱいだった。近くの下鴨神社の駐車場へ車を置き、急いで飛び込んだエレベーターには先客が乗っている。

あれっ!花婿さんだ、、グレイのタキシードの花婿さんは手に今着いたらしい祝電の束をわしづかみにしている。せわしない様子でそれをめくりながらチラッとこっちを見る、、仰天した。今日の主役である大学時代の友人だったからだ。

「エッ!?あんた?」と言ったきり絶句してしまう。

「お互い、歳やから、ほんの披露のパーティやねん、軽い気持ちでちょこっと参加してや」と案内を貰って、出かけてきたが、まさかタキシードを着込んで、カトレヤの大きなコサージュまでつけているなんて予想だにしなかった。

どうりで少し髪の薄いお婿さんだと思ったはずだ。「イヤーよう来てくれて、おおきに、あそこが控え室やからチョット休んでてや」と慌ただしく駆け出していく、昔からちょこまかと身体も心も動かす人だったけれど、それにしても、、と呆然と見送った。

招かれて集まった友人4人は顔を見合わせてびっくりしながら、期せずして大笑いになってしまう。

「思い切った事するやっちゃなあ」

「俺は出かける時知り合いに出会って、どこいかはんの?って聞かれたから友達の結婚やっていうたら、

「へ〜?葬式の間違いやおまへんかって冗談言われてしもうたわ」

もう一人の友人は白い袋にパックされた心臓の薬を飲みながら

「とても真似出来ません、、僕はまだ、正確には還暦になってへんのやけど」

「・・・・」

S女史はうなって、「このぶんではお嫁さん、ウエディングドレスやねえ、良い事やわ、凄い事やわ」

どうぞと案内された入り口には金屏風の前に綺麗なお嫁さんとあの婿さんが並んでお出迎えだ。

4人は思わず立ち止まってしまう。「まあぁ、おめでとうございます、綺麗なお嫁さん、何時の間に何処で?!」「うだくだ言うてんと、はよ席に着いてや、アンタ等の席は「禄の席」やからな、あっちや、そこそこ!!」

終始照れ笑いの婿さんはようやく席についた。スピーチは真面目なものは最初だけ、あとはもう、やっかみと、ようやるという驚きと、羨ましいとの励ましが続く。勤めていたテレビ局時代の友人達の辛辣なジョークと派手なお話と音楽。

最後は婿さんの「マイウェイ」の歌でお開き。はじめっから食われっぱなしの結婚パーティだった。

大学時代は60年安保闘争の頃、彼もせっせと集会に顔を出して河原町のジグザグデモにも参加した。

大学の教授が休講すると、授業料が勿体無い、と抗議に行ったりもした。そして卒業すると放送局へ入り、程なく出来たテレビ局に移り、以後支局長を勤めて定年を迎えた。その間、後輩の美女を射止めて結婚、暫くは順調だった筈だった。

お互いに生活して行く事に必死な時期は音信が途絶えてしまう事もあったが、そんなある日S女史から電話がかかり、彼の奥さんが胃癌で亡くなったと聞いた。まだ四十才そこそこだった筈と、驚いて駆けつけた葬式で、打ちひしがれながらも参列者に気を遣う彼を見て、慰めの言葉も無かった。

お棺に取り縋って泣いておられた奥さんの実家のお母様の姿が何時までも胸に残った。

暫くして、番組を九州方面へ売り込みに行くという彼と偶然に梅田の鰻屋で出会った。

夜行に乗る前の僅かな時間に夕食を一人で食べている所だと言う。華やかなテレビ界を陰で支える厳しい営業の仕事が察しられて、気にかかった。

奥さんを亡くしてからすぐに開かれた同窓会では「目下、クレイマー・クレイマーをやってます」と言った彼の言葉が当を得ているだけに気の毒だった。仕事と二人の子供の世話でさぞかし大変だろうと、みんなが再婚を薦めたが「今は無理やねん」と中々再婚もせず、還暦も過ぎてしまい、もう友人達も最近は何にも言わなくなっていた矢先の、この「快挙」だった。

当時まだ小さかった二人のお子さんはもう立派に成人して、父親を何かと気遣う様子が微笑ましい。

娘さんの肩に手をまわして「娘のお陰ですわ」「お父さん!肩を組む人が間違ってますよー!」

お嫁さんは50才で、祇園のクラブのオーナーだったと言う事で、すんなりして美しく、しかもしっかりした感じがして落ち着いてはる、照れてうろうろする彼とは大違いに御挨拶もきまって、もう貫禄がある。これなら大丈夫、きっと素晴らしい第二の生活が始まるだろう。「こんな格好、大袈裟やろ、、彼女が結婚式は初めてやから、その」「外国でちょっと式だけ挙げようとも思うたんやけど、彼女がいややと言うし」

ハイハイ、、ご馳走様でした62才にタキシードは見事に似合い、嬉しさが咲きこぼれていた。同じ年配の方々で、黒のライン入りのグレイのタキシードに身を固め、自分の結婚式をする自信があると言う人は何人おられるだろうか?!とてもとても、、そのお腹ではタキシードのボタンが飛びますわなぁ。

「又機会作るし、集まってやー」

「いぇいぇ、暫くは近寄りとうはないですわ、ねぇ」「あほくさ!飲みにいこか」

今年一番の寒波襲来と言う寒い日の、心が暖まる熱いお話でした。


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