中国新聞特集記事よりの抜粋です
新聞記事を利用して芦田川のご案内です(2/3)
 
よどむ水 減る魚・鳥 アオコも発生 湖沼化進む生態系
 川面を渡る風が心地よい。芝生にベンチ、遊歩道もある。水際で一羽のサギが細い首を伸ばし、散歩する人たちを見やっていた。

茶緑色に濁る

 のどかな昼下がり気分は、川をのぞき込んで消えた。茶緑色に濁る。ちぎれた水草や木っ端が浮いたまま、流れようとしない。浸した指をなめてみた。かすかに甘く、土のにおい。

 広島県賀茂郡大和町に発し、世羅台地から福山平野を縦断する芦田川。ここ福山市で瀬戸内海に注ぎ込む直前、鉄のゲートが、流れをせき止める。

 そんな芦田川河口堰(ぜき)ができて、来年で四半世紀になる。
 「どぶ川じゃ」。福山市草戸町、芦田川漁協前組合長の三谷治郎さん(81)は唇をかんだ。堰は、川と海の水が交ざり合う汽水域とともに、名物だったヤマトシジミやアサリ漁を消した。ウナギ漁も今は、堰の魚道をさかのぼる稚魚を取り、近くの池で養殖して川に返す。いいウナギがとれる、と上流では喜ばれるが、川から陸に上げ、県や市から養殖の補助金を受けなければ守れない自然の恵み。「堰を撤去してほしい気持ちは今も消えん」
 流れる川は本来、ヨシ(アシ)などの植物に洗われ、自浄作用を持つ。「よどんだ水は、その能力に欠ける」と福山市新涯町二丁目、淡水魚保護活動を続ける山陽フィッシュクラブ事務局長の渋谷清之さん(51)。仲間たちと五年前、堰の魚類を調べた。水に触れた数人が、原因不明のかゆみを訴えた。小魚やカエルを食べる外来種のカムルチーなど、本来は湖や沼にすむ魚がいた。
 少雨高温だった今夏、堰近くでアオコが大量発生し、すえたような悪臭が漂ったのも、生態系の湖沼化を物語る。

「巣 作れない」

 鳥たちの格好のすみかだった中州も減った。福山市水呑町、日本鳥類保護連盟専門委員の梶野真正さん(75)は昨年、川近くの土管で生まれ、溝で泥まみれになったカルガモの子を助けた。「河川敷をきれいにするほど、鳥は人や犬に追われる。中州がなければ巣を作れない」。堰ができる前に比べ、カモ類は十分の一に減った、とみている。

 汚濁を示す指標の一つ、BOD(生物化学的酸素要求量)。最近一年間で見ても、上流の山手橋地点ですでに環境基準を超え、堰に近い小水呑橋で、さらに高まる。汚れに弱い魚は生き残れないとされ、清流とはほど遠いレベルだ。

ワースト1位

 しかも、中国地方の一級河川で芦田川の水質は二十七年間、ワースト一位を続ける。流れをせき止めた時期とほぼ符合するが、「よどませることが環境にいいとは言わない。ただ、汚れの主因は上流から流れ込む生活廃水」と堰を管理する建設省福山工事事務所。堰の水は工業用水に使う。塩水の混入を防ぐため、十門のゲートはふだん、閉じてある。
 よどんだ水は、流れを取り戻せないのだろうか。

≪芦田川河口堰≫

 河口から1キロ上流にあり、全長450メートル。貯水容量は496万トン。鉄製のゲート10門は可動式で、水位が高まると中央の4門を底から約20センチ上げて放流するが、平常時は別の小型の流量調整ゲートを使う。左岸に魚道があり、右岸にも新たな魚道を建設中。

  
満々と水をたたえた芦田川河口堰。一定間隔に並ぶ10の構造物は、ゲートの巻き上げローラーを格納した「堰柱」=下半分は水中

細る流れ 工業用水の需要は低迷 なお強い依存体質

工業都市としての発展を支えた河口堰。バブルがはじけ、水利用は伸び悩む

 河口をせき止め洪水を防ぐ―。芦田川河口堰(ぜき)の設置理由のうち「洪水防止」は理解しづらい。

 洪水に備えるには、川底をしゅんせつし、川の断面積を広げる必要がある。すると満潮時に海水が上流へさかのぼりやすくなり、農作物に塩害をもたらす。だから、堰を設けて塩水をせき止める必要がある。

 だが、そう説明する建設省自身も、今では「最下流部で川から田畑に水を引く農家はいなくなった。塩害の心配はまずない」。とすれば、堰を開放し、よどんだ水を動かすカギは、もう一つの設置理由が握る。「工業用水の確保」だ。

鉄1トンに150トン

 一トンの鉄をつくるのに百五十トンもの水を使う。NKK福山製鉄所(福山市鋼管町)は市内最大の工業用水ユーザー。市からの給水は二系統あり、河口堰から日量三万八千トン、上流の中津原から十六万トン。

 これでも毎日使う水の五%にすぎない。冷却水などのほとんどを 再利用し、日々の給水は蒸発などに伴う補充分。記録的な渇水で八〇%を超える工業用水カットが続いた九四年は、所内の浄化施設をフル稼働させて循環率を高め、イオン交換など高価な浄化方法も使ってしのいだという。

 ならば、河口堰の水を使わなくても鉄はつくれる?製鉄所幹部は首をかしげた。「コスト高になる。業界は海外も交えた大競争の時代。無理な相談です」

 堰から供給する市の工業用水は、NKKも含め日量八万三千八百トン。実は、堰の計画段階では倍の十七万トンを見込んでいた。バブルがはじけ、企業誘致は進まない。

 とすれば、もっと上流から工業用水は取れないか?市水道局は否定的だ。「河口に堰を設け、産業の水を確保することで、福山は工業都市として発展する道を選んだ。今ある堰の有効利用を考えるべき」と光成精二業務部長。NKK福山誘致の決め手 となり、鉄のまちの象徴でもある河口堰。上流でそれに代わる取水をするには、浄水場や送水管の新設など新たな負担を伴う。浄水場一つで二百億円はかかるという。

流量少ない川

 問題はコストだけではない。もともと芦田川は流量が少ない。流域の雨量が全国平均の三分の二しかなく、保水力のある山はおしなべて低い。一方、下流域の都市化で、水需要は減らない。この川は「上流より下流の流量が少ない」(建設省)珍しい川だ。

 そして、貴重な水の使途は「水利権」で決まっている。しかも、堰にたまった水を使う権利と川を流れる水の権利は別物。府中市と広島県世羅郡甲山町にまたがって新設された八田原ダムの水利権も、工業用水分はもう余裕がない。つまり、新たな水源確保は、それに見合う負担で新たなダムをつくるか、他の用途から権利を買うしかない。

 例えば、かんがい用水。福山市南東部の田畑を潤す水は、上流の七社頭首工(ななやしろとうしゅこう)から取水する。田植えの農繁期で日量最大二十五万トン。年間総取水量は、堰からの工業用水の約八割に相当する。田畑は減った。他の用途に回せないか。

「縦割り行政」

 「農業用水は市中心部の水路も流れ、憩いのせせらぎを市民に提供し、防災用水にもなる。農業のためばかりじゃない」。市農林整 備課が農家の意向を代弁する。建設省のある幹部は「農業用水をいじろうとすると農林水産省が猛反対する。縦割り行政でね」と自嘲 (じちょう)を込めて打ち明けた。

 流量を増やす方策は尽きたのか。だが、八田原ダムは、六千万トンの総貯水能力の半分以上が空いている。「洪水調整」のためという。

         
豊かな川へ 環境回復へ試み始まる 流量の増加がカギ

 「ジョーマンは絶対」。広島県世羅郡甲山町、八田原ダムの管理所で、水津功所長は聞きなれない言葉を繰り返した。

 「常時満水位」略して「常満」。ダムのえん堤の標高目盛りで海抜二百三十五メートルを指す。ここまで水をためれば満タンで、雨が降り始め、水位が常満を超えるとすぐ放流準備に入る。

 だが、えん堤のてっぺんは、常満より二十メートルも上。水津所長は机から、ダムごとの運用の「憲法」となる操作規則を取り出した。

半分以上カラ

 八田原ダムの総貯水容量は六千万トン。うち常満から下の二千六百万トンで下流の上水道や工業用の利水を賄う。一方、常満から上の三 千四百万トンは洪水調整分。つまり、容量の半分以上が、ふだんはカラだ。「百年に一度の洪水に備えるため。先日の東海地方の豪雨被 害を思い出してほしい」

 しかし、建設省自体が、常満を絶対視する発想を転換しつつある。三年前から全国七つのダムをモデルに、この洪水調整容量を使 って余分に水をため、ふだんから少しずつ多めに流したり、まとめて流す試みを始めた。下流を「洗浄」する効果は上々で、今年から十五ダムに増やした。ただ、中国地方のダムはない。

 「八田原は難しいんです」と水津所長。すぐ上流の三川ダムは小型で洪水調整能力に欠けるため多雨期にまとまった水が流れ込みかねないこと、すぐ下流に景勝地の河佐峡があり放流増大は観光客に危険を及ぼす、などが理由だ。

市が放流要請

 芦田川の流量が増えれば、工業用水の取水などで河口堰(ぜき)に依存しなくてすむ。よどみをなくし、水質改善につながる。「八田原ダムでも工夫すれば放流を増やせると思うのだが」。福山市幹部はそうこぼす。上流が無理なら下流でと、三好章市長は九月の市議会で、河口堰の定期的な放流を「建設省に要請する」と初めて明言した。

 堰を管理する建設省福山工事事務所は、こちらの弾力運用には前向き。過去の流量データを基に試算を始めた。実現すれば、現在二mの水位を一時的に十センチか二十センチ下げる放流になりそう。十センチで二十五万トン。ここでの工業用水の取水三日分に相当する。

 ゲートは少し、開きそうだ。

 「川だけではない。海の環境も考えて積極放流を」と説くのは、 長良川河口堰で建設省モニタリング委員会メンバーを務めた奥田節夫岡山理科大教授(水圏物理学)。堰は海側の対流も損ね、堰の外にも沈殿物がたまる。確かに、干潮時にのぞく川底は黒い。

 河口近くの船だまりを見ながら、水呑漁協の前田亘章組合長も証言する。「昔はひざまでだったぬかるみが、今は腰までヘドロで埋まる」。海流が変わったせいか干潟も細った。このため漁協は毎年一千万円かけ、十年計画で河口突端にアサリの人工干潟を造成中だ。堰と対岸の埋め立ては高級ノリの養殖場を奪った。そして堰は海に流れ込む栄養分を止め、カタクチイワシが育ちにくくなった、との声も聞かれる。

環境ダム必要?

 だが、たとえゲートが開いても難題が残る。一つは芦田川流域の下水道整備。下水は福山市側に集約し、処理済みの水を海に直接流す計画。今でさえ少ない川の流量がさらに減り、その自浄作用を妨げかねない。

 建設省福山工事事務所は下水処理水を再び川に戻す方策の検討を始めた。さらに広田豊副所長は耳慣れない言葉も付け加えた。芦田川には他に例を見ない「環境ダム」が新たに必要になるかもしれないというのだ。下流の水質浄化のためだけに水をため、流すダム。

 人間の営みが川や海を汚し、回復のためにさらに人為を自然に加える。そんな「還流」が、この先二十一世紀も続くのだろうか。干潮時、河口堰の外側の川底を黒い泥が覆う。川をせき止めた影響は海にも及ぶ。


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