ビフカツ

ビフカツ



 牛肉をカツにする、というのはよい思いつきだと考える。洋食屋ではもっぱらビーフカツという名で出ているが、私としてはこれを「ビフカツ!」と下町風に訛って呼びたい。衣をつけて揚げるのは豚や鶏で食い慣れているせいか、牛をカツにするというのはややエキセントリックな感じがして、この感じは新宿駅西口側にかつて看板が見えた鯨カツ(ゲイカツと呼びたい)や、その貧困さに却って食欲を倍加させられるハムカツにも通じるものがある。私にとってビフカツの要諦はその肉を薄く叩くことで、銀座柳グリル名物の如く霜降りめいた肉を使われてしまうと「これはビーフカツにすぎない」とつぶやきたくなる。叩くというのは淵源をたどれるもので、もとは仔牛肉を叩くミラノ風カツに発し、村上春樹大兄がヌードルを添えないと完成しないと言う大判のウィンナーシュニッツェルを経て、紙の薄さを誇るニッポンのビアホールのカミカツに名残を留める系譜を有する。私におけるビフカツの強烈なファーストインプレッションは人形町のキラクのそれで、脂っこくなくて良質の肉という見識には目を瞠かされたが、そのとき隣にいた土地っ子の小学生の一団が、二番目ぐらいに高い同じ物をためらいもなくてんでに頼む光景にも驚いた。

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