千枚漬

千枚漬 ――名月にはばまれてゐる西の道 流火



 どういう縁でか、京都の四条河原町近く、西木屋町にある漬物屋から盆暮れになると中元・歳暮の案内状が来る。毎年判を押したように届くのはこっちが判を押したように注文書を出すからで、実際夏の漬物も悪くないが、冬場に注文が殺到してどうかすると手に入らないここの千枚漬を、人に先駆けて予約することができるというのがいちばんのうまみだ。千枚漬といえば私のなかでは仏滅と対になる屋号を持つ店の、甘くて酸っぱいものと相場ができあがっていたのだが、いつかの夏、おふくろと京都へ遊びに行った土産に千枚漬をもとめて土地の漬物屋にはんなりと馬鹿にされたのをきっかけに、千枚漬は冬季のものというネイティブな常識がくっきりと刻印された。いらい捲土重来を期して探し続けて探し当てた得心のゆく品がここの千枚漬である。木枯らしを聞く十二月の頭、届けられた千枚漬の御開帳には例年のことながら心躍るものがある。この聖護院蕪のねばねばとした発酵には塩と昆布と水しか用いられていない。冬場の冷蔵庫に入れても発酵が進むため、一週間を限度として食べ切ってしまわなければならない。その一週間のためにある意味で一年待たされる、洛人の商いの茶心にも通じるしたたかさだ。

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