牛蒡の若芽

牛蒡の若芽



 これから先もまず食べることはないであろうというもので、もっとも食指をそそられるのは牛蒡の若芽の甘煮だ。碧南で農業を営んでおられる杉浦明平先生によれば、それは、一畑に大人の男の掌ひとつかみほどしか採れないそうで、その香り高さと舌触りを想像するとこれぞ百姓の贅沢という厳然たる事実に想到する。それに近い経験といえば、奥多摩の知人の家で裏山から掘ってきたばかりという山独活の刺身を齧ったことくらいで、それでも酢水にさらすこともしない甘さとみずみずしさに驚きは十分にあった。海のほうでもいろいろあるようだが、狩猟民の僥倖に近いものがあって、私などは行きつけの店で年に数回ありつける真蛸の卵とか鰹の心臓の塩焼きとかで満足だ。農耕民の迫力と同日に語れるものではないだろう。いつだったかとある飲み屋で世の中でいちばんうまいと思ったものは何かという話になり、こっちはどう答えたか忘れたが、相手が「取材に行った地方の漁港で揚がったばかりの何々」とのたまったのは論理のすりかえで、ロードス島の例を引くまでもなく、だったら聞くんじゃねえと思った。




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