1997/01/30(THU)

1997/01/30(THU)



よく晴れた、しかも穏やかな天気が続く。空気はまだまだ冷たいが、光のなかにはすでに春の先駆けがいち早く混じっているようにさえ思われる。耳を澄ますと、実にさまざまな鳥たちが、懸命に鳴いているのが分かる。自然はみんな頑張っているんだ。
わたしはもう、病を得る以前の自分に戻りたいなどとは思うまい。あのわたしはもう死んだのだ。わたしはもう全然別のわたしに再生したのである。いまあるほうのわたしこそが、真実のわたしである。両者の間には確然と違いがある。身体上の特徴は言うに及ばず、精神的にもあらゆる点で、まったくの別人といっていいくらいに違う。両者を結び付ける糸などないといっていいくらいだ。そしてこの別人となったわたしが、作品で勝負しようとしているのだ。問題は作品だ。

またわたしは、こういう物言いになっている。「問題は作品だ」とは気負いすぎではないか。それに、どんな作品かを考える前に、作品を問題視する見方にも危惧を覚える。「作品、作品」と吼えてばかりいる犬を想像してしまう。いうまでもなく、作品というものは一挙に生まれるものでもなければ、声を大にしてそれで誕生してくるものでもない。それはもっともっと地道なものだ。もっともっと当たり前のものである。けっして特殊なものでも突然変異的なものでもない。
まったくこの種の考え方は、わたしの悪い癖としか言い様がなく、すぐに大げさに吼えたててしまう傾きがある点など、正直いってオハズカシイ。

病気以前のわたしは死んだ、とわたしは書いた。その死の日付けは、わたしのなかでかなり明瞭に意識されている。去年のクリスマスだ。この日、わたしは、生涯でもっとも死に近づいた。あの病院のベッドで、死ぬかな、とほんとうに思った。詳しくは書かないが、とにかくわたしは死なずに生還した。だが、かつてのわたしが死んだとすれば、その日は、あの日いがいにない。わたしは1996年12月25日に確かに一度死んだのである。

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夏際敏生日記 [1997/01/21-1997/02/22] 目次| 前頁(1997/01/29(WED))| 次頁(1997/01/31(FRI))|