「べらぼう」についての一考察

というほど大袈裟なものではないのですが。(^^ゞ
 
よく落語にも出てくる「べらぼう」という言葉の語源がどうもはっきりしませんでした。
小さん師匠の「大工調べ」の枕では
「さかんにこのべら棒てえ棒を振りまわして・・・・どういう棒かと、ある方が調べてみましたら、これは箆棒だそうですな。『おまえのようなやつは、いてもいなくてもおんなしだ、無駄に飯を食ってる穀っ潰しだ、箆棒みたいな野郎だ』ってんで、箆棒が本当なんだそうですが、どうも啖呵を切るのにへら棒なんてなあ力がはいりませんなァ。「なに言やンでぇ、べらぼうめェ」ッてえからよろしいんですけれども、「なにを言やンでえこのへらぼうめェ」・・・・腹が減ってるようで、やはりこれァべらぼうの方がよろしい・・・・ 
とあります。これはあたしが客の時分に聞いていても、こじつけっぽく聞こえました。
 
広辞苑には
べらぼう【便乱坊・可坊】‥バウ
〓寛文(1661?1673)年間に見世物に出た、全身まっくろで頭がとがり目は赤くまるく、あごは猿のような姿の人間。この見世物から「ばか」「たわけ」の意になったという。永代蔵四「形のをかしげなるを―と名付け」
 
とあります。江戸弁に関する文献も大概これに拠っている様です。中にはこの便乱坊の見世物が上方であったので上方の言葉が江戸を席捲をしたとまで書いてあります。しかし三馬の「浮世床」などを読んでも「こんべらばぁ」などとのべつに江戸っ子の口から出てきて、べらぼう=江戸弁のような言葉が上方の見世物から出ているとはどうも思い難い。なんか釈然とせずにいたのですが・・・・
 
ところが、ちょっと以前にかの川柳大兄と楽屋でこの話をしていた時に、大兄曰く・・・・
 
「オレのがきの時分に、ウチの方でね(因みに川柳師は秩父の山間の生まれ育ちです)あの便所のさァ、もちろんその頃だから汲み取りのやつでさ、あれ糞が溜まってくると、した後におつりがはねかえって来るんだよ。雲ちゃんなんざ知らないだろうけどさ。だからその防止ってほどのもんじゃないけど、甕の上に縦に棒が渡してあるんだよ。つまり糞がこの棒に一旦当たってそれからズルリッと下に落ちるから、はねないわけなんだよ。わかるだろ。でね、この棒のことをべらぼうと言ってたよ。ウチのほうじゃ」
 
これを聞いたあたしは、持った湯呑みをバッタと落としましたね。
これだったんですよ。
「べらぼう」は「便乱棒」が訛ったものだったんですよ。関東一帯で使われていた言葉が秩父に残っていたとしても不思議はありません。便乱坊の見世物が転じてべらぼうになったのではなくて、便乱棒に糞が積もったような姿の生き物の見世物だから便乱坊だったんです。たぶん。(^^;; 
「糞ッたれ」だの「小便たれ」だの「犬の糞で仇」だのとスカトロ系の罵倒語の好きな江戸っ子にしてみれば、これ以上の罵倒語はありますまい。
 
「糞でも食らってやがれ、このべらぼうめっ!!」
 
どうです。まっことピンと来るではありませんか。
あとはそのウンチ跳ね返り防止棒の事をべら棒と言っていたという文献があればよいのですが・・・・先代の燕路師匠ならばすぐに国会図書館に駆けつけるところでしょうけど、あたしゃ根が不精なもので。はは
どなたかご奇特な方が居りましたらお調べを願っておきます。もっともそうした文献があればとっくにこの説になっていたとは思いますけど。
 
以上「べらぼう」についての一考察でありました。

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