エンドトキシンの生物活性3

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この項は、『エンドトキシンの病態』（遠藤重厚、稲田捷也、へるす出版、1996、絶版）のなかの「エンドトキシンの生物活性」の項について著者のPCにあった元原稿を基に作成した。出版校正時に一部修正した部分があるので、出版されたものとごく一部異なる。また、ここにアップした際に訂正した箇所もある。ここでは3分割して掲載する。
著者の興味ある部分については現在の知見を著者の理解の範囲で末尾に追加した。

-エンドトキシンの生物活性（3）目次-
D．エンドトキシンエンドトキシントレランス
★エンドトキシントレランスの機序についての新しい説明（未完）

文献

D．エンドトキシントレランス

エンドトキシンを語るときエンドトキシントレランスの問題を避けて通るわけにはいかない。エンドトキシントレランスは微量のエンドトキシンの前投与によってその後のエンドトキシン投与に耐性を示す現象である103)。これまでに、エンドトキシンによる発熱作用、致死活性、血中白血球減少、腫瘍壞死活性、アジュバント活性、ショワルツマン活性、サイトカイン産生、プロスタグランジン産生などがエンドトキシントレランスになると報告されている。また、ヒトでもエンドトキシンの繰り返し投与によりエンドトキシントレランスになると報告されている。エンドトキシントレランスには投与間隔によって、初期（early-phase）トレランスと後期（late-phase）トレランスがある104)。例えば、エンドトキシンによるウサギ発熱試験では、ウサギにエンドトキシンを初回投与後の1ないし2日間と、4日以降数週間続く2回、引続きのエンドトキシン投与に対してトレランスになる。初期トレランスはエンドトキシンのO特異性と無関係であるが、後期トレランスはO特異性の同じエンドトキシンでなければ成立しないことからO特異抗体が関係していると考えられる。

従って最近はトレランスの成立の機作の研究はもっぱら初期トレランスについて行われている。このいわゆる初期トレランスの発現機序については以前から多くの研究者が取り組んできたがいまだ解明されていない。

そこでエンドトキシントレランスに関する最近の知見についてふれる。

Kawasakiら105)はエンドトキシン（125 ng/kg）による兎発熱のトレランスについて検討している。翌日同量のエンドトキシンを投与すると２峰性の発熱のうち、2つ目のピークは見られなくなるが、2度目のエンドトキシンと同時にヒトのリコンビナントまたは天然のインターフェロンβ（兎と 15％以上交叉反応示す）とを投与するとトレランスは解除されると報告している。この著者らはIFNがmRNAへの転写率を高めたり、mRNAの turn overを促進することから、IFN-βは翻訳レベルあるいはそれ以後に作用していると推定している。

Freudenberg106)らはマクロファージがエンドトキシントレランスや致死活性の発現の第一段階に重要であると報告している。彼女らはD- galactosamine処理し、エンドトキシンの致死活性に対する感受性を増加させたマウスの系で行っている。D-galactosamineは肝細胞のUTP量を減少させ、肝のRNA合成を損ない結果的に高分子物質の合成を抑制するため、エンドトキシン感受性を高めると考えられている。RNA合成を抑制するα-amanitinやactinomycin Dも同様にエンドトキシン感受性を増強することが知られている。

この系であらかじめ（1時間前から48時間前まで）エンドトキシンを投与しておくとD-galactosamine－エンドトキシン投与に対する致死作用にトレランスが成立する。彼女らはすでに、エンドトキシンに耐性のマウス株C3H/HeJ（lps遺伝子を欠損した株）と感受性株C3H/HeNをもちいて、致死活性にはマクロファージが重要であることを示している107)。即ち、C3H/HeJではD-galactosamineとエンドトキシンを投与しても、D-galactosamineによって肝のUTP量は激減するもののマウスは死なない。しかしD-galactosamine処置 C3H/HeJマウスにC3H/HeNのマクロファージを移入すると、エンドトキシンにきわめて感受性になり、死にいたる。このことは、マクロファージがエンドトキシンの致死活性を仲介していることを示している。この場合、D-galactosamineによるエンドトキシン感受性増強は、エンドトキシンに対するマクロファージの感受性が増強したためではなく、マクロファージからエンドトキシンにより誘導された毒性因子に対する感受性が増強したためであると考えられた。事実、TNFに対する感受性はD-galactosamineにより数千倍に増強される。

この事実をふまえて、彼女らはトレランスの実験を行っている107)。C3H/HeJマウスにエンドトキシンとD-galactosamineさらにC3H/HeNのマクロファージ（2X10⁷）をほぼ同時に投与するとマウスは死ぬが、この系でエンドトキシントレランスを誘導できるのは予めエンドトキシンとC3H/HeNのマクロファージを移入したときである。また、C3H/HeNマクロファージをin vitroでエンドトキシンと90分インキュベートし、D-ガラクトサミンとともにC3H /HeJに移入してもマウスは死に、さらにトレランスの誘導も可能になった。

さらに興味あることに、C3H/HeNマクロファージをin vitroでエンドトキシンとインキュベート後、洗浄後にさらにエンドトキシンフリーで18時間インキュベートしたところ、致死やトレランス誘導をできなくなったが、再びエンドトキシンとインキュベートするとその活性を回復する。

Madonnaら108)はエンドトキシンによるマウス血中コロニー刺激因子（CSF）産生のトレランスの系では最初のエンドトキシン（E.coliK235、 25μg）投与後3，４日後のエンドトキシン（同じエンドトキシンか、緑膿菌、チフス菌、バクテロイデスのエンドトキシン）再投与でCSF産生は最も低下する。そして8日後にはトレランスは解除される。トレラントマウスでは骨随の細胞数が増加し、未熟なマクロファージやその前駆細胞数の増加が認められた。著者らはこのようなエンドトキシンに対する反応性の弱い細胞の増加がエンドトキシントレランスの発現と関係あると考察している。実際、未熟マクロファージのCD14の発現量が低いことが報告されており、この機構も考慮しておくべきである。

正常細胞を悪性腫瘍細胞様に変換させる物質の1つとしてみつかったTGF-βはその後正常細胞の強力な増殖抑制作用をもつことが明らかになった。TGF-βは免疫反応も抑制し、エンドトキシンによるマクロファージのTNF産生も抑制する。Urbashek109)らは、エンドトキシントレランスをTGF-βによって説明しようとしている。TGF-βをエンドトキシンと同時あるいは3日前に腹腔内投与するとエンドトキシンの致死活性を抑制することができた。しかし、早期トレランスは、血清での移入はできないことなどから、この因子がエンドトキシントレランスの本体なのかは疑問である。

いずれしろエンドトキシントレランスにはマクロファージが重要であることにはまちがいない。

Zuckerman110)らはチオグリコレート培地で誘導したマウスマクロファージについてin vitroでトレランスの実験を行っている。最初のマクロファージに対するエンドトキシン刺激は6～24時間の持続的な刺激が必要であった。次の刺激についてはエンドトキシンに特異的（O特異性は必要ない）で TNF産生は抑制されたが、ザイモサンや加熱凝固ヒトIgGではTNF産生は誘導された。しかし、mRNA量はトレランスマクロファージ、正常マクロファージともに発現されており、翻訳後のレベルで調節を受けていることが考えられた。さらに両群のマクロファージとも細胞内TNF量にほとんど差はなく、トレランスマクロファージではTNFメッセージは翻訳されており、産生された26kDaTNF前駆体は細胞内に蓄積されていることがわかった。即ち、細胞外への分泌過程で何らかの抑制が起こっていることが示唆された。

しかし、その後Zuckermannら111)はチオグリコレート培地を投与したマウスにエンドトキシンを2回投与し（in vivo刺激）で誘導したマウスマクロファージについてサイトカインmRNAと核内因子NFκBの発現を見ている。その結果、彼らの以前の報告と異なり、TNFおよび、IL-1βの mRNAは減少し、核内因子NFκBも減少していると報告している。

NFκBは、はじめpre-Bリンパ球をエンドトキシン刺激すると免疫グロブリンのIgκ遺伝子のエンハンサーに結合してIgκ遺伝子の発現を誘導する核内因子として報告された。核内因子はDNAのmRNAへの転写を制御する蛋白で、遺伝子の近傍に存在するプロモーターおよびエンハンサー領域に結合しその活性を調節している112)。NFκBは未刺激時にはインヒビターのIκBと複合体を形成し不活性型で細胞内に存在するが、細胞外のシグナルによる蛋白質リン酸化反応を介して、IκBがリン酸化されると、NFκB・IκB複合体からNFκBが遊離し、活性型になり、核に移動しIgκZ遺伝子のエンハンサーに結合して転写が開始させる。NFκBが認識するモチーフ（遺伝子の塩基配列）は、IL-1、IL-3、IL-4、GM-CSF、IFN-γ、TNFα、 IL-2Rα等広く各種の遺伝子のエンハンサー領域に存在している。

一方、赤川らのグループはペプトンで誘導したマウス腹腔マクロファージについて行った2回ともin vitro刺激の研究結果ではTNFαのmRNAは減少するが、IL-1βのmRNAは減少することはなく、また、NFκBの発現も減少すると報告している113)。

マウスマクロファージ様細胞株RAW/264,7を用いたエンドトキシントレランスら114)の報告では、TNFαmRNAレベルは減少した。これは mRNAの分解によるものではなかった。またプロスタグランディン等はサイトカイン産生を抑制することから、トレランスにアラキドン酸代謝産物の影響も考えられたが、インドメタシンでトレランスを解除できなかったことから否定された。

さらに、ヒトの単球様細胞株Mono-Mac-6を用いた報告115）では、微量エンドトキシン（10～50 ng/ml）で前処理し、細胞を洗浄後にエンドトキシン1μg/mlを加えて3時間培養するとTNF産生のエンドトキシントレランスを誘導できる。前処理の培養時間は少なくとも24時間で、48ないし72時間が至適であった。この場合、TNFmRNAは減少していたが、NFκBは誘導されており、また、インドメタシンでトレランスが解除されたことは他の報告と異なっていた。

松浦らもRAW264.7細胞を用いた研究からTNFmRNA発現が抑制されると報告している116）。またエンドトキシンがマクロファージに結合するのはほとんど抑制されておらず、トレランスがエンドトキシンレセプターのdown-regulationによるものでないことを示唆している。

一方、IL-1を前投与するとエンドトキシントレランスを誘導できるとの報告もある。この場合Leon117)らはIL-6の産生の抑制（TNFの抑制はない）がトレランス誘導に重要であるとしている。松浦118)らもIL-1前投与でエンドトキシントレランスを誘導できると報告している。一方でIL-1 レセプターアンタゴニストがエンドトキシントレランスを解除するとの報告119)もあり、個体ないし、細胞レベルでのエンドトキシントレランスのメカニズム解明の糸口になる可能性もある。

表6にこれらの結果をまとめたが、エンドトキシントレランスにおけるサイトカインmRNAレベルでの調節機構についてそれぞれの系で異なっており、またはサイトカイン自身の調節機構も充分にわかっていないので今後の研究を待ちたい。

前述した様に、グラム陰性菌感染症では実際にエンドトキシントレランスが起こっているのかは興味ある。グラム陰性菌敗血症（エンドトキシン血症）では発熱は持続することが多く、実験的現象とのギャップを感じさせる。このことは、この感染ではエンドトキシン以外の他の菌体成分も病態発現に関与しているのか、あるいは菌体上のエンドトキシンではトレランスが起こらない可能性も考えられる。図6に血中TNFαとエンドトキシンの推移を示したが、エンドトキシントレランスを示唆するTNFαの推移のある(A)一方で、エンドトキシン血症とTNFαの高値が伴う場合もあり(B)興味を抱かせる。

★エンドトキシントレランスの機序ついての新しい説明（未完）

エンドトキシントレランスの機序は、エンドトキシン受容体TLR4の発見や、細胞内情報伝達機構の解明により新たな展開がなされている。基本的にはTLR4発現のdown regulationが起こっていることで説明がつくようである。この辺はこのサイトで徐々に解説していきたい。一方で臨床病態とエンドトキシントレランスの関連性についても多くの論文がある。特徴的なのは感染症以外の病態で認められるエンドトキシン血症がベースになっていることで、もとより著者らによれば真のエンドトキシン血症ではないのであるが。そしてエンドトキシンの前投与により、出血性ショック・外傷性ショックの治療が出来ないかなどの試みがなされているのである。
一方で、敗血症患者血液ではエンドトキシン刺激でサイトカイン産生が抑制される現象があるが、これをエンドトキシントレランスと相似の現象として捉える考えが一般的である。しかし、著者はこの現象はエンドトキシントレランスを超えた生体の不応答性と捉えるべきであると考える。今後著者の考えについてのエビデンスを紹介していきたい。

文　献

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