Tatuya Ishii & Asato Shizuki Special Project Concert Tour 2002

MOON

−観劇録−(第三部)

 ステージ暗転のまま、上手壇上にいるバイオリンの原にオレンジのライトがあたる。つい先ほどまでの優しい弾き方から一転して、ジプシーミュージックのような起伏の激しいソロが奏でられる。その力強くて激しい音に背筋がぞくっとする。
 ソロのあいだにステージ手前(下)では左右両側から2個の長テーブルが運び込まれてくる。白いテーブルクロスが風でひらひらしている。同時に、赤い服を着て半面マスクをつけたSTONE ANGELも階段下から登場し、中央の階段半ばに立つ。暗い赤のスポットライトがSTONE ANGELに落ちる。ステッキをバイオリンに見立て、大げさな振りで弾く真似をする。その間に4人の男が静かにテーブルに着く。
 バックの大きな月は異様なほど白く輝いている。ステージは依然として暗い紫色に沈んだままである。ピアノによるテーマ曲が流れている。
 どこか呆然という体で食事を始める4人、かちゃかちゃと食器の触れあう音が耳障りだ。彼らの使うナイフやフォーク、コップには青白いライトが仕込まれていて、それらを口元に運ぶたびに彼らの顔が下側から照らされる。不気味な絵である。
 「今夜は、月が、異常だ」「輝きが…降ってくるようだ」感情を欠いた声で会話が続く。しゃべっている人物だけがぼんやりした明かりの中に交互に浮かび上がる。ステージの後方には先ほどまでは見えなかった満天の星空が広がってくる。
 「この光の前では…なんだか…」「力が出ねぇ」「というより無気力になっちまう」一人ひとりの言葉に合わせてアクションをするSTONE ANGEL。会話はさらに非生産的になってゆく。
 「人は見なくてもいいものから見たくなるものさ」「見てしまったら最後、その深さに足がすくみ(深い淵を見下ろすかのように腰を退いて下をのぞきこむSTONE ANGEL)」「めまいで下手すりゃ、暗闇の深淵に真っ逆さまに落ちてゆく(すーっと立ち上がり、くらっとしたアクションから大きく下を指さして、ゆっくりと沈み込むSTONE ANGEL)
 会話と連動してバックの月が鼓動するかのようにピンク色から紫色へ脈動を始める。STONE ANGELは、きさまらもいつかそうなるのさ、とでも言いたげで至極満足そうな様子である。と突然「月の魔力にやられたな」とアサートが登場する。全員驚く、水を吹くペテロ。
 ほんのわずかのうちに明るくなるステージ、先ほどまでの月の怪しい脈動も消えている。大慌てで階段下へと逃げるSTONE ANGEL。
 アサートの登場により、もとよりあるはずもない4人の結束力は完全に崩壊する。まずペテロが「アサートさん、いやアサートのダンナ、ここはひとつあんたの側につかせてはもらえねぇだろうか」とねがえりを宣言する。続いてヒガシも「わるいが、俺もこの人につくぜ」
 しかし意外にもアサートから出た言葉は「私のことを気に入ってくれたのなら、悪いことは言わない、今すぐ自分の国に帰るんだ」であった。せっかく分のいい方につこうとしたのに、と逆ギレするペテロ、「今さらあきらめられるか」と吠えるヒガシ。それをあざ笑うスマイル、裏切り者!とののしるゼウス。
 アサートはゼウスから情報を聞き出そうとする。「ゼウス教授」と呼ばれて気をよくした彼は得々として話し始める。「私は物理学者だが、戦時中は暗号の解読にも携わっていてね。そのとき少々古代文字の研究もした。だからこの地図に書いてあるブリトス文字も簡単に解読できるんだ。この地図によるとここから南東に20キロ行ったカルカロ山の麓に洞窟がいくつか…」それを遮るスマイル「それを教えればこいつは一人でMOON STONEを取りに行くぞ」
 「情報を交換しないか、と言っているんだ」と言うアサートは、あくまで自分への疑いを解こうとしないスマイルよりも、地図を持つゼウスと取り引きしようとする。キレるスマイル、「君には必ず伝える」と彼を懐柔しようとするゼウス、成り行きを見守っていたペテロは、脈ありとみたか再びゼウスにすり寄っていく。
 その一部始終を嫌悪の目で見ていたヒガシは感情を爆発させる。「俺は降りるぜ」と一同に背を向ける(パーカッションの速いリズムにかぶさるキーボードの長音、緊迫感)。歩き出そうとした瞬間、スマイルのピストルが火を噴いた(激しい銃声+ピストルから火花)。倒れるヒガシ。「こいつに街で触れ回られちゃ困るんでな」呆然とする一同を前にスマイルは平然としている。
 「やっぱりそうだったのか。…スマイル、貴様のことは知っているぞ」アサートが叫ぶ。
 フルート+ピアノが小さくインサート、それがテーマ曲の変奏曲へと変化する。微妙に上下する旋律が不安定な感じだ。ステージ上方の大きな卵には、いつのまにか髑髏が浮かび上がっている。
 アサートはスマイルの過去を暴く。10年前ある教授を殺し地図の半分を奪い、それだけではなく、今まで何度となく月光の谷を訪れては仲間をモラゴンの餌食にしていたやつだ、と。激高するペテロ、自分のピストルを探すが見つからない。その拳銃はゼウスの手に渡っていた、スマイルに向けてピストルを構えるゼウス。「さぁこれでも引き金を引くかね?」
 「(含み笑いしつつ)悪いなぁ、ゼウス。こんなことになるだろうと思ってペテロの拳銃から弾は抜いておいたのさ」ゼウスは引き金を引くが案のじょう弾は入っていない。そのときペテロがナイフを振りかざしてスマイルに飛びかかった。躊躇なく引き金を引くスマイル(銃声+火花)、スマイルにつかみかかるようにしてペテロは倒れる。(効果音:バスドラム♪ダンダンダンダン)
 「一度裏切ったヤツは殺される運命にある。…世の中はなぁ、勝手なヤツが勝つんだよぉ!(風の音)」毒づくスマイル。しかしそのスマイルにもまた、言うに言えない苦しみがあった。
 「おまえのようなブルジョワにはわかるまい。貧乏の惨めさと怖さがな。(音楽インサート:ガットギター+キーボード+チン、チンという鐘)…お袋はいつも泣いていた、親父は酒と博打でうちには寄りつかず、弟は…」言葉に詰まるスマイル。
 「弟は?」うながすアサート。
 「…死んじまったよぉ!たった14でな。そんとき俺は、どっんなことをしてもMOON STONEを手に入れて誰よりも強い力を持ってみせると弟に誓ったんだよぉ」
 「だがこんな危険を犯し、人を殺してまであの石に執着するおまえは、まるで…」
 「ア・ク・マか? そうとも、俺は生まれ変わったんだ」
 欲望が人間を偉大にし強くもする。しかしその過大な欲望に飲み込まれて、スマイルはいまや伝説の竜モラゴンよりも危険な悪魔になっているのだった。
 「こうしているあいだにもモラゴンが俺たちを狙っているかもしれないんだぞ」と、早く地図の摺り合わせをして先に進もうと提案するゼウス。
 「そうなれば俺の命が危うくなる、それに地図はここには持っていない」と地図を渡すことを拒否するアサート。銃を突きつけながらポケットを探るスマイルだが、地図は出てこない。
 「しかたない、ついてこい。MOON STONEまでの目印であるオールドマン・ロックスまでは俺が連れてってやる」(効果音:ベースのブーンという低音)
 まずアサート、次に彼に銃を突きつけながらスマイルが階段を上ってゆく。月は大きく白く輝いている。少し遅れたゼウス、ペテロの拳銃を再び手にする、が、やはり弾は入っていない。「くそっ!」と銃を地面に叩きつけ、意を決したように、それまで杖代わりにしていた傘を広げる。
 「さぁ、オールドマン・ロックスを目指そう!」階段を上がるゼウスの影は、背後の照り輝く月によってくっきりとしたシルエットと化す。暗転。
 
 6日、役者さんたちの緊張感が強く伝わってきた。体育館のようなNKホール、ミュージカルの公演でもなければ、こんな大きなところで芝居をやることなどまずないだろう。むりもない。一番キャリアの長いスマイル役の壌さんも、一瞬だが台詞が滑った。語尾がふらついたのだった。でもそのあとのリカバリーが信じられなかった。次の台詞をしゃべるときにはもう役に戻っていたのだ。プロはすごい。逆に、あれがなければ、生身の、それぞれに生理を持った人間が演じているとは全く感じられなかったろう。7日は全員が場所に慣れ、絶好調であった。

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