TATUYA ISHII 2000 ART PERFORMANCE ART NUDE in Zepp Tokyo

12月24日(最終日)

−コンサート編−(第一部)

 これまでのアートヌードと同じく暗転のステージ、客席を向くフットライトが出迎えてくれる。が、今夜のBGMは以前聞いたモノラルの女性ボーカルではない。シンセサイザーによるインストゥルメンタルである。ちょっと中近東っぽいアジアンチックなメロディが転調して繰り返される。曲がとぎれ女性の吐息が流れる、ちょっとエロティックな雰囲気だ。再びさっきと同じインストゥルメンタルが流れ、またとぎれる。今度はジャングルの中にでも紛れ込んだような感じ、とおくで鳥の声がする。その音がすーっと消えてゆく。場内に静寂がおとずれる。
 と、アコースティックギターがリズムを奏で始め、その上にケーナ(葦笛)の音がかぶさる。そしてコンガがリズムに加わり、インディオの民族音楽のようなリズミカルで哀調を帯びた曲になる。曲の途中でリンゴーンリンゴーンと鐘が鳴る。そろそろ開始だ。
 ステージ暗転のまま英語による男女の会話。"This is the first anniversary. Today, I'm going to take you the Great Concert!" "Oh, it's fantastic! Whose concert is it? Sting, Prince?" "It's the concert of Tatuya Ishii!...Don't you know him?" "Who? Tatu...Is he a Japanese?"というふうな会話が続く中ミュージシャンが着席。曲が始まるなか男女の声により一通り紹介される。上手側から大儀見元(パーカッション)、宮野裕紀(アコースティックギター)、金子隆博(ベース&サキソフォン&フルート)、野崎洋一(キーボード)である。
 登場した石井は上からグレイがかったサングラスに黒の膝丈まで(上腕部とカフスのところに、腕をくるむように湾曲した黒の板が鋲で止められているデザイン)の上着に黒シルクのシャツ、黒パンツという黒づくめの衣装である。下手上手でおじぎ、バックで演奏しているミュージシャンに拍手を要請、そしてなぜかぴょんぴょん跳ねる石井(笑)。ボディに掛かっていた黒の革をはがすと今夜は女性像である。

 椅子に座るなり"Merry Christmas!" 会場は一気に盛り上がる。1曲目は【もしも】、2曲目の【予感】のイントロでいきなり♪きっと君はこない…クリスマ…ときれぎれに歌う石井(山下達郎かぁ?)。とはいえ曲に入ればさっきのおちゃらけは微塵もない。今夜は間奏部のギターとベースのユニゾンがやけにくっきり聞こえてくる。エンディングの♪You are wonderingのリフレインが美しい。今夜も彼のマイクテクは健在だ。3曲目は【OCEAN ROAD】と、ここまでは従前のアートヌードと同じ曲並びである。

 曲が終わって開口一番、♪サイレンッナイ〜、オ〜イェ〜(むろん山下達郎"Christmas Eve"の続き)とひとくさり。場内爆笑。
 さて、イブです。ムード満点に盛り上がっていただこうということで、今夜はテンションを低めに設定しています。ですので予定も何もない状態でお送りしています。
 さて、イブですよみなさん。いいんですか?イブにこんなとこ来てて。いや、いいんですよ。このコンサートに、イブの夜に来るというのは、セ、セ、センスのいい人です(言葉が出てこない、場内爆笑)。
 私もできればクリスマスに仕事はしたくない。でもひまだからやるしかないというわけでございます(客:笑い)。今夜は本当にお忙しいなか1万円も使って石井のただの趣味みたいなコンサートにお越しくださいました。「好き勝手やっちゃってもう」と思っても、来てしまったら最後です(客:笑い)。
 今夜は妹の美奈子ちゃんも見ているというわけでございまして。どこかで見ていると、もしかしたらスピーカーの中に入っているかもしれません、ヒッヒッヒ。…恥ずかしいもんです、身内に見られているというのは。
 今夜は政治の話やなんかはよして、男と女の話だけ(強調)をしようと思います。他のところでは人類の未来は、エコロジーは、鯨はどうなるのか、という話をしていますが、今夜はなしということで。
 僕も人生経験はみなさんよりありますんで…中には僕より人生経験のおありの方もいらっしゃいますが、まぁここにいる方々の平均よりは上だろうと思いますから、いろいろアドバイスできることもあると思うんですね。
 やっぱり女性の一番の悩みといったら『恋愛』ですね。男の場合は自分から「好きだ」と言えるわけですが、女性の場合はなかなか自分からは言えない、というところでジレンマはあると思います。例えば職場で好きな人ができたとして。近頃はパソコンでやりとりしたりしてね、それを課長が全部読んでいたりして(客:笑い)。社内恋愛はなかなかたいへんでございますね。
 女性が自分の好きな人と近づくには、その人と2人だけの秘密をつくるといいですね。だから「ほらアレ」とか言ったら「ぷっ」ってなるような2人だけの秘密をいっぱいつくるといいですね。ちっちゃいことでいいんです、そういうちっちゃな秘密をいっぱいつくるべきだと思いますね。女性には、自分が「いいな」と思っている人とのちっちゃいストーリーをいっぱいつくる、ということをおすすめします。

 僕の友達に『鈴木きよし』くんというのがいまして、こいつが昨日ふられちゃってね。もともと「こいつにはもったいねーな」ってぐらいの彼女だったんですよ。「こいつと別れたらこっちへ来い(客:笑い)」みたいな彼女でね。だいたい男と女っていうのは生活空間とか○○(失念)とか共通していないとうまくいかないもんでね。ふられちゃった鈴木きよし君にこの曲を送りたいと思います。
(キーボード♪チャラ〜)
♪きぃ〜(途中吹き出しそうになってリキんだため音がはずれる。演歌の歌い出しみたい)ぷっ…(後ろの金子さんに向かって)ってやっぱベタじゃねぇ? やっぱやめようか(客:え〜!)…わかりました。やります。
 で歌い出したのはやっぱり【きよしこの夜】でした。2度目はちゃんと歌いきり、曲の終わりでは「これできよし君も幸せになれるでしょう」と結びの言葉。

 僕はクリスマスというといろいろ思い出があるんですが。クリスマスには良い思い出と悪い思い出がありますね。良い思い出というと、大学時代、当時つきあっていた彼女が部屋に来るっていうんで「今から行くね」とか言われて待ってたんですが2時間しても3時間しても来ない。彼女のうちにも電話したんですが「出かけました」って言われてね。
 六畳一間のアパートに住んでいた頃ですよ。で部屋を片づけましてこうテーブルクロスかなんか飾っちゃったりしてね。で、お金がないから「プレゼントするんだ」って0号ってこんなちっちゃいのに絵を描きまして。待ってたのに来ない。ケンタッキーフライドチキンもさめちゃって(客:笑い)、それだって当時の僕からすればごちそうだったんですよ。コーラとかもグラスに入れて置いといて、氷がとけちゃってね薄まったりして。で来ないもんだから自分で飲んじゃって(客:笑い)「薄いや」なんて言ったりしてね。
 そんで「もう来ないのかなぁ」と思っていたら電話がかかってきましてね彼女から。「どうしたの?」って言ったら「今病院にいるんだ」って言うんですよ。来る途中に交通事故にあって車に引っかけられちゃったらしいんですね。それであわてて病院に行きましたよ。ケンタッキーのこんなの(バケツ?)と0号のキャンバスと両手に持ってあわてて行ったらば、けがのほうはたいしたことなくて入院するほどでもなくて。でも交通事故って後でどうなるかわからないってことで、大事をとってその日は泊まるってことになって。病室に入ったら白いベッドに彼女が寝てて「ごめんね」なんつって。で、脇にこう、赤い葉っぱの…(客:ポインセチア)…ポインターですか?(客:ポインセチア!)…そのポインなんとかっていうのが、車に引きずられたときに割れちゃったんでしょうね鉢が。それが包まれたまま置いてあって。窓の外にはイルミネーションがあって。イルミネーションっつっても普通の家なんですけどね(客:笑い)、飾ってあって。「外はクリスマスだねぇ」つって。
 いろいろあったけど結果的にいいクリスマスでしたねぇ。彼女にとっては災難だったかもしれないですけど、僕にとっては印象深いクリスマスでした。彼女の寝てる白いベッドと赤いポインセチアと窓の外のイルミネーションとっていう風景がね。(客:聞き入る)…「あ、ほし」なんか言いながらね(照れ隠し)。…歌いこうか。言わなきゃよかったなぁ(照れる)。

 ピアノの音で歌い始めたのは【星にねがいを】。やさしい曲調に伸びる声、うっとりと聞き入る客席。間奏ではソプラノサックスソロに拍手を要請、ギターソロには宮野さんを指して紹介、ギターソロの最中、座ったまま椅子を1回転させる石井。エンディングの♪Your dream...come...trueは演奏がブレイク、ピンスポット1本だけが真上から石井を照らすなかオクターブ上の裏声で静かに終了。
 続けてソプラノサックスのイントロで始まったのは【MOON RIVER】、ピアノの伴奏にウィスパーボイスで静かに歌い出す。♪Two drifters、からリズムイン、シンバルの静かな音が眠気を誘う。1番の終わりの間奏部では宮野さんのギターソロ、メロディを奏でる。最後は堂々オクターブ上で♪Moon river and meと歌い上げる。バックも盛り上がりのうちにエンディング。
 暗転のまま車の走りすぎる音が入る。【Damage】である。そして続いては【天使の標的】

 暗転の間に脇の台からタオルを取って汗を拭く石井、サングラスをはずしたままMCへ。
 来るまでの間いろいろとクリスマスのMCを考えてきたんですが、ここのステージに立ったら全部忘れてしまいました(客:笑い)。
 今年はいろんな事件がありましたね。オリンピックでは女性選手が活躍しましたね。だいたい日本人が身体の大きい外国人選手に勝つのは並大抵の事じゃないですよね。そうそうマラソンの高橋尚子選手ね、僕はメガネベストドレッサー賞(客:ああ&うなづく)というので彼女とお会いしたんですけど、向こうから「ファンだったんですぅ」って言われてね。こっちこそファンだっていうのに。で写真を一緒に撮ってもらって、というか並んで撮られたりしたんですね。
 長くこういう仕事をやっていると全然知らない人が「ファンだったんです」って来てくれたりして。長くやっとくもんだなと思ったりしますね。皆さんも長くやっているものありますか? ピアノとかバレエとか…。

 日本人って年齢にこだわっちゃって「私この年からやってもものになんないわ」なんて言ったりするんですが、60歳から始めて有名になったアンリ・ルソーという人がいますからね。世の中わからないもんです。
 あと「俺はこれはダメだ」って思っていることでもやってみるとそうでもない。例えば「俺は絵はだめだ」と思っていたとしても、(もとをたどっていくと)小学校の時の先生に「あなたは絵が下手ね」とか言われたのがトラウマになっていたりしているだけだったりね。わかんないもんですよ。だいたい自分じゃだめだと思っていても他人から見ると魅力的だったりすることがありますからね。デッサンなんか習っていなくても魅力的な絵を描く人がいる。色とか形とか「なんて魅力的なんだろう」と思う絵を描く人がいますよね。だからわからない。
 このあいだファンの子に死刑囚が描いた画集というのをもらって見たんですけれど、「なんで?」と思うほどきれいな絵を描くんですよ。こんな絵を描く人がなんで強盗や殺人をしたんだろうと思うほど。きっとああいう人たちはどっか純粋なところがあるんだろうなと思いますよね。人間てわからない。だから今は自分にあってないと思わないで始めてみたらどうですかね。

 僕は昔、幼稚園で絵を教えていたことがあるんですよ。3年ぐらいかな、大学時代に。その頃って自分でも行き詰まっていましたね。どんな絵を描いたらいいんだろうどういうものを描いたらいいんだろうと思ってました。で、幼稚園生の絵を見たらパワーがすごいんですよ。まず赤をばーっと塗るんですね。で「赤がきれいに塗れたなぁ」と思っているとその上に黒を塗るんです(客:笑い)。そしてその上から水色を塗ったりして(客:笑い)。きれいに仕上げるとか子供ってそんなこと全く考えてないですからね。そうやってぐちゃぐちゃに塗ったすみっこの方に赤と黒と水色の線ががきれーぃにぴーって出ていたりして。すごいなーと思いましたね、勇気あるなぁって。なんかデタラメな、デタラメに描くという視点がその当時の僕には勇気に見えたんですね。
 そういう子供の絵を見て僕のスタンスが変わったんですね。それまでは具象絵画とかが多かったし失敗しないようにしないように描こうとしていましたけど、その子たちの絵を見て方向性が決まったなと思います。失敗は失敗でいいんだ、そのときの自分はそれだったんだから仕方ないんだ、だからそれでいいと思えるようになったんですね。
 子供の時はみんなそうだったはずなのに大人になると子供の感覚を忘れちゃうんです。いいかげんに一生懸命、デタラメに一生懸命っていう感覚を忘れてしまうんですよね。

 僕はときどき自分が昔描いた絵を取り出して見ることがあるんですが、自分が『うまくなりたい』と思って描いている絵と『俺ってうまいだろう』と思って描いている絵は自分ですぐ分かりますね。本気で『うまくなりたい』と思って描いている絵は魅力的なんですよ。それに対して『俺ってうまいだろう』と思って描いている絵はなにも訴えてこない。
 だから『うまくなりたい』という気持ちだけは忘れたくないなと思います。世の中には俺よりうまいやつはいっぱいいるから『うまくなりたい』という気持ちは持ち続けたいなと。自分が『うまくなりたい』と思っているうちは伸びると思ってますから。『うまくなりたい』と思い続けて死んでいけたら、というか、できるだけ死ぬまでそういう感覚でいられたらいいなと思います。

 暮れはイタリアに行ってこようと思っています。僕は米米CLUBのころから「21世紀には自分はどこにいるんだろう?」と思っていました。イタリアというのは僕にとっては特別な場所でゼロになることができる。だからイタリアにいたいと思ったんです。イタリアでいろいろ触発されてクリアになって戻ってこようと思っています。
 人間ってそういう場所が1カ所あるといいですね。壁にぶち当たったりしたときにそこにいくとすっきりするという場所、別に喫茶店でも非常階段でもどこでもいいんですけど、そういう場所があるといい。
 僕の場合は十代のときは海だったんですね。テトラポットという複雑な形をした波消しのコンクリートのものがあるんですが、形が複雑なんで並べると必ずすき間ができるんですよね。そのすき間にすっぽりと入るとなんか母親の胎内に戻ったみたいで安心できるんですよ。それを見て僕の友人は『変態』と言いましたが(客:笑い)。とにかく『素』になれる場所、家庭とかそういうんじゃなくて、本来の個人としての自分になれる場所があるといいと思います。
 年末はイタリアに行ってバチカン宮殿で百年に一度開く扉があるということですからそういうのを見てこようと思っています。(客:拍手)

 次の曲は一部最後の曲です。この曲は米米が解散してすぐぐらいに作った曲で、そのときは歌詞をどうしてもつけられなかったんですね。書いても書いてもつらい歌詞になりそうで。それで放っておきまして、1年ぐらいして汚いテープを取り出して聴いてみたら、アルバムに入れるには乙女チックだけどメロディがいい、というわけで歌詞をつけました。この曲はアートヌードでしか歌わない曲として残しておこうと思っています。1曲ぐらいそういう曲があってもいいんじゃないかと思って。それでは一部最後の曲、聴いてください、【AUTUMN】
 例によって石井は曲の終わりを待たずに退場。ミュージシャンたちをさりげなく指し示すとゆったりと高まる後奏のなか下手へと去っていった。

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