TATUYA ISHII 2000 ART PERFORMANCE ART NUDE in Zepp Sendai

−アートパフォーマンス編−(第二部)

 10分の休憩の間に奥にあったボディが前進してきている。例によってステージより2段高いところに設置され、左右に透明アクリルの壁が設けられている。
 ボディの大きさは、それを回転させるための台を含めて約2mというところか。首からした太ももの半ば辺りまでの半身像で腕から先はない。いわゆるトルソーというやつである。首の上のところがエリザベスカラー(または壺の口)のように少し広がり、頭部に当たるところには黒く光る球状のものが乗せられている。
 予鈴がなりステージが暗いまま英語の男女の会話が流れる。どうやら男が女に「TATUYA ISHIIのアートパフォーマンスが始まる」と教えているらしい。女もさきほどのコンサートが気に入ったのか、まんざらでもなさそうな口調である。
 すると♪ぷわ〜ん〜という笙(雅楽の楽器)独特の音が流れ次いで♪ぃよぉ〜、というかけ声と鼓の音が響く。邦楽の鳴り物とかけ声であるがリズミカルにリミックスされたそれは、会場を不思議な空間に変えてゆく。
 ミュージシャンが席に着き石井が登場、上手と下手でそれぞれおじぎ、マイクを持って何か喋っている様子だが声は聞こえない。ボディに寄り添ってポーズ、そして客への第一声が「みなさ〜ん、起きてくださぁい。第二部が始まりましたよぉ」である。なんとなくかしこまった雰囲気がこの一声でほぐれる。
「こっから僕の怖ぁい顔が見られますからね。描いていると皆さんが見えなくなる瞬間があるんですよ。真剣に描いているそのときは相当怖い顔をしているようですから。『その怖ぁい顔もすてき』と思ってくださるとうれしいんですが。それではいきます」と頭の黒い栓を抜く。すると首に刺さっていた部分の下には銀の房が下がっているではないか。なかなか芸が細かい。両側からボディの胸を触るパフォーマンスののち作業開始。
(触った胸の位置が石井の肩より上、乳房と乳房の幅が石井の肩幅の倍といえばこのボディの大きさが実感できるだろうか)
 用意されている発泡スチロールのカップをとると幅10cmほどの刷毛を手に取りカップに黄緑色をとる。水で延ばして今度は青みの強いビビッドな緑を混ぜてあわせていく。するとちょっと黄色みがかってひなびた感じの緑色ができあがる。あわせながら階段を上るといきなり首の右側(客席からは左側)から胸へと塗ってゆく。すごいスピードで上へ下へ塗り進めあっという間に前半身の半分強が緑色に塗られる。足でボディを右に90度回転させると更に後ろ半身も塗っていく。首の上の広がった部分へも手を伸ばして塗ってゆく。まるで天井を塗っているようで姿勢がつらそうだ。
 バックの音楽はソプラノサックスからピアノとギターがインサートされ静かに高まってゆく。
 さらには後ろ半身の3分の2をも覆った。今度は逆に回転させ前半身を向けると先ほどは塗らなかった首の裏側から左側にかけても塗り進めてゆく。もちろん太ももの部分もどんどん塗られてゆく。伸び上がり(首の裏側)、立ち(胸から腹部)、しゃがんで(太もも)、どこか早回しのような素早い動きに一瞬も目を離すことができない。ボディは左肩から肩胛骨脇にかけて以外、すべてに染まってしまった。
 音楽はいつしかソプラノサックス1本になり、それも間遠でとぎれとぎれに静まってゆく。そしてインサートする"Myself"の声…。
 のカップを置き新しいカップを手に取る彼、今度はカップにを落とす。首の内側(要するに壺の口の内側である)をで塗ってゆく。
 女性の声は"Disire" "Missing"…"Question" "Answer"とつぶやき続ける。
 白く残った左肩から背中へとが塗り進められてゆく。さらに絵の具を足し肩から脇へ胸の左側へとが広がってゆく。
 ソプラノサックスの切れ切れで次第に間遠になってゆく音に、ギターのトレモロが加わり音楽は再び力づいてくる。そしてギターのソロ演奏。トレモロとトレモロの間にフラメンコのようなフレーズが加わり表情がついてくる。次いでパーカッションがインサートしリズムが転がりだす。
 ボディをさらに半回転させ後ろ半身の下の部分をく塗る彼。左肩から左肩胛骨をとおって左脇腹へ、できれいな境界線が描かれてゆく。そしてそれ以外はすべて緑色の2色で塗り分けられてしまった。
 再度の修正ということか、緑色が右乳房に上塗りされ、水をとった刷毛でをとくと左肩を上塗りする。
 バックはギターとシンバル、次第次第にリズミカルに高まってゆく。
 彼は太筆をとると新しいカップにを注いだ。さらにを混ぜ黄色を混ぜる。できあがったのはサーモンピンクと言うには若干赤みの強い桃色であった。混ぜながらもボディから目を離さず左右に動く彼。ボディは半ば後ろを向いている。その背中右半身に絵の具をたっぷり含ませた太筆でピンクを置いてゆく。緑色の上のピンクはいっそう引き立ってなんだかグロテスクな感じすらする。塗り込めるというより絵の具を点々と置いてゆくためところどころに地色のがのぞく。
 腰の下あたりからお尻の辺りにかけて点々と置かれてゆくピンク、さらにボディを回転させると胸の上辺りからまたピンクを置いてゆく。腹部から首の上までずうっと置き続ける。
 リズミカルだった音楽もパーカッションが退きギターのみの演奏となっている。そして響く女の声。"angry" "hate" "sad"…。
 下腹部から太ももへもピンクが置かれてゆく。ボディはその4分の3がピンク色に染まっている。むら塗りのためところどころにのぞく緑色が毒々しい。
 音楽はいつしか途絶え女の声が"hold on"とリフレインする。"hold me"とつぶやく。フルートがすぅっと入ってきてパーカッションが加わる。三度(みたび)生き返った音楽たち。
 ボディは右肩のを除きほとんどがピンク色になっている。一息いれる彼。グラスのお茶を飲み汗を拭いている。しばしのインターバルも彼を休ませることはない。その目はボディに注がれ続ける。
 絵の具のボトルを手にした彼はふたを開けてもそれをカップに注ぐことはせず、まっすぐ筆のところへ向かう。太筆をとり絵の具のボトルに直接浸す。太筆に着いていたのは毒々しいばかりの紫色であった。それを左肩のの上へ置いてゆく。10センチほどのい縁を残して左肩、肩胛骨、左足の外側へと塗ってゆく。ところどころに残ったの部分がの毒々しさを中和している。首の内側のふちのところにもが置かれる。
 パーカッションの鈴のチラチラした音にフルートがインサート、そして女の吐息が繰り返される。
 吐息に息づいているかのようにボディもまた衣装を身にまとって生きはじめているようだ。が混ざってしまったのかのついた筆をタオルでしごき再び塗り始める彼。左肩胛骨から首の後ろのはりだしまで。伸び上がった腕が別の生き物のように動く。段を降り左右に歩く彼。次は何をするのだろう。左腰から後ろへとまたを置いている。
 段を降りると先ほど作ったピンクをカップにとりを足している。白っぽい赤紫色ができあがる。それを持って右の乳房から脇へ、背中へと置いてゆく。
 女の声にコンガのリズムが絡み合い新しい展開をみせる。
 さっき作ったピンクをとると太筆にふくませに塗られたボディの左肩胛骨めがけて散らす。飛び散ったピンク色の上にすじを作る。筆を振るたびに飛び散る滴がボディだけでなくアクリル板にも彼自身にも降りかかる。
 いつのまにかピアノがインサートして静かな調子に戻っている。そろそろ終わりの時間に近づいたのか。
 段を降りて左右に歩く彼、こころなしかせかせかしている感じがする。原色紫をさっき散らしたピンクの上へ置き修正を施す。せかせかした動きでボディを左に回転させつつところどころにピンクを置いていく。
 ギターは低音のトレモロをきかせ、シェイカーの鋭い歯列音が響く。
 ボディを正面を向かせると彼は細筆をとった。レモンイエローの絵の具で右太ももにサインをしている。筆を置くとそのままおじぎをし下手ソデへと消えていった。
 それがキッカケでボディにライトが当てられる。地色の、上に置かれたピンク、左肩の、そして背中に散ったピンクの斑点たち。ボディは見事に衣装をまとった。
 しかしここで終わりではない、このボディの首に更に装飾が施されるのだ。假屋崎省吾さんという草月流の華道の先生が花を生けてこの作品が完成する。
 呼び入れられた假屋崎氏は、あいさつもそこそこに創作へと入る。再び始まる音楽、そして女性の"Teardrops" "syncronicity"のリフレイン…。
 右側の台に上がると、長さが2メートル近い黄色の巨大な鳥の羽のようなものが生けられる。根元に別の木がくくりつけられておりこれによって羽はまっすぐ上を向くのではなく角度がつけられるようになっている。今度は左に回り同じようなを生けていく。2本、3本、その数はどんどん増えてゆく。
 ギターのうえに女性の声、そしてフルートの音がインサートされる。フルートの高い長音が、篠笛のように哀調を帯びて鳴り響く。
 黄色からオレンジまで微妙に毛色の違った羽がどんどん放射状に広がってゆく。生けられるの本数が増えるにつれだんだんと近づきにくくなる首の回りを、上体を大きくのけぞらせながらを避けつつ生けてゆく假屋崎氏。一口に生け花というが、このパフォーマンスは男性にしかできない体力勝負のものであることを知る。は10本は生けられただろうか。ボディの首から上は黄色い羽たちで輝き、まるで帽子の総飾りのように見える。
 次いで假屋崎氏は先が50センチ四方はあろうというつやつや光る葉を取り出した。モステラというらしいが、葉の先が指を広げたように大きく分かれている形のものである。楓の葉にいていなくもない。そのをまた中心部分に挿してゆく。大きく広がった黄色い羽たちの真ん中に鮮やかな葉の緑が対象を成している。
 音楽はギターのトレモロにフルートが交じり時折ズドンというバスドラムが入る。さきほどの優しい感じから躍動感のあるリズムに変わっている。その音楽のせいなのだろうか、ボディの首から上が原始のジャングルのように見えてくる。リズムはどんどん荒く力強くなる。
 何本も何本も放射状に生けられてゆく緑の葉がボディの首の周りを飾ってゆく。今や中心部が緑色、そしてそこから大きく広がった黄色い羽たちがボディを器に見せている。
 キーボードの和音が入り音楽は一転して荘重な感じに聞こえてくる。次第に高まる音楽、もはや中心部は緑のジャングルである。まるで太古の夢のようだ。音楽は次第に静まりシンセサイザーのロングトーンへと収束してゆく。

 どうやら完成したらしい。假屋崎氏のおじぎをきっかけに石井が出てくる。
石井:なんかこう、森の貴婦人という感じですね。
假屋崎:そうですね。最初緑色に塗られたときはどうなってしまうかと思ったんですが…。きょうはモステラという葉っぱを使ったんですけど、先ほど石井さんが描いていらしたときに、(葉っぱに)絵の具が飛び散ってまして(石井恐縮)。その飛び散ったピンク葉の緑と合わさって、またいい効果を上げていますね。
石井:絵の具が着いちゃったと言われて一瞬まずいと思ったんですが、良かったんですね。
假屋崎:そう、それがいいかんじ。
石井:ほっとしました。この作品のタイトルなんですが、森の貴婦人…。
假屋崎:ここは仙台、杜の都ですからね。
石井:そうですね、杜の都。『青葉城の杜の貴婦人』ということでどうでしょう(客席:拍手)。
石井:(作品を見上げながら)こんな塗りたくった絵でも、花を植えると作品として成り立つから不思議ですねぇ。それじゃ回してみましょうか?(作品の台のところへ行って両手で回し始める。それを手伝う假屋崎氏(笑))
石井:假屋崎省吾さんでした。(假屋崎氏に)どうもありがとうございました(ハケる)。

 いったん下手へハケた石井、そのままの恰好で再び登場。「もう腕が上がんないすよ」と腕を動かしてみせる。ここで今後の活動予定を話す。
 来年はツアーのゼロシティもありますから、仙台へも来ますんでですね、ぜひ来ていただきたいと思うんですが。それと変わった方のコンサートにもぜひ来て欲しいですね。それとBSデジタルで番組をやります。チューナーを買っていただいて人がぐるっと取り囲むようにして見ていただけるといいですね。
 そうそう、そのBSの番組で僕こないだ引田天功さんに始めてお会いしたんですよ。あの方は独特の方ですね。ソファに座るときでもすぅっときて(斜めから歩いてきて横座りをする)こういう感じなんですよ。それで「僕にもできるマジックってありますかね」って聞いたんですよ。そしたら「私は魔術師です」と言われまして(客:笑い)。金成日(キム・ジョンイル)氏との関係も相当深く聞いていますんでですね、ぜひ見ていただきたいと思います。
 ではここで1曲歌いたいと思います。今日は本当に疲れまして、もしかしたら声が裏返ってしまうかもしれませんが、そのときは許して欲しいです。それでは聴いてください、【想い】
 イントロが始まっているのに石井「トシかなぁ」と言いつつ脚をさすっている。「座らせていただきます」と作品の前の段に腰掛けて歌い始める。着ているジャケットにもエプロンにもパンツの裾にも、そしてブーツにまでも先ほどのピンクが飛び散っている。特に靴には大量の絵の具が飛び散り半ばピンクに染まっているあたりが先ほどの行為の激しさを物語っている。
 両膝の上に肘をのせマイクを両手で支えるようにして歌い始める石井、その声は以外にもしっかりとして決して裏返ることはなかった。すぐ後ろには羽根飾りをつけた女性のボディが立ち黒い衣装の石井と対照を成している。わずかな空気の動きに揺れる羽はライトに照らされえもいわれぬ美しさを見せている。
 曲の2番で立ち上がって歌い始める石井、間奏部分で再びメンバーを紹介する。そして歌い終わった後、作品を1回転させておじぎをすると去っていく。
 長く続くカーテンコールに假屋崎氏と2人で登場した石井。2人でおじぎをした後、生声で「良いお年を」と言い今度は本当にステージを降りていった。
 残されたボディはピンクの衣装と羽根飾りをまとい誇らしげに立っている。退場しようとして振り返るとバックの羽根のオブジェと相まって、女神が立っているようにも見えた。

コンサート編に戻る

前のページに戻る